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昭和のスポ魂「巨人の星」でプロ野球選手を目指した人も多かった

元祖スポ魂野球漫画といえる「巨人の星」は1966~1971年まで週刊少年マガジンに連載され、TVアニメ化は1968~ 1971年に放送されました。続編として「新・巨人の星」「新・巨人の星Ⅱ」もありました。

今回は「巨人の星」(通称:左腕編)について一緒に懐かしんでいきましょう。

 

一休さんについては、こちらの記事に書いてあります。
>>>一休さんは大人が子供に見せたいアニメだった!一休さんのとんちは世界一?

 

あらすじ

出典:https://pbs.twimg.com/profile_images/809612326395518977/mvob7zcC.jpg

星飛雄馬は、元巨人軍の父・星一徹に幼児期から野球のスパルタ教育を受け、伴宙太と共にライバル達と高校野球で切磋琢磨し成長。読売巨人にテスト入団後にも花形満・左門豊作・オズマ・伴宙太らと厳しい対決に、飛雄馬は大リーグボールという魔球を編み出し活躍します。

 

一徹(父)のスパルタ特訓と頑固親父っぷりは凄かった

出典:https://iwiz-chie.c.yimg.jp/im_sigglEPmkBjkCSMWefi5lQY_FQ—x320-y320-exp5m-n1/d/iwiz-chie/que-1084348570

「ちゃぶ台返し」は星一徹の代名詞であり、昭和の頑固親父の激怒を表すものです。しかし巨人の星アニメ本編では1回か2回しかありません。

エンディングでちゃぶ台がひっくり返るシーンが毎週流れていて印象に深く残ったのでしょう。(正確には飛雄馬に激怒した一徹が飛雄馬に殴りかかった時にちゃぶ台を押しのけた。)

一徹の物凄く厳しい野球の英才教育で右利きの飛雄馬は野球のために生活全てを左利きに矯正され、玩具も野球道具のみでした。父に反発し親子喧嘩も日常茶飯事でした。

「大リーグボール養成ギブス」を常時装着する特訓シーンは、特にインパクトがありました。強くなりたい子供たちにとって憧れの装置。バネが付いたトレーニング器具のエキスパンダーを大リーグボール養成ギブスに見立ててエライことになった人いませんか。バネに皮膚が挟まったら痛いのなんのって。

花形満の強烈なピッチャー返しであるノックアウト打法を攻略するために行った特訓もとんでもなかったですよね。飛雄馬は裸でノックを受ける、しかもボールに火をつけての「火の玉ノック」。

夜空を星一家で見上げて一徹が指差し「飛雄馬よ、あれが巨人の星だ。巨人の星を目指すのだ!」というシーンも印象的でよく空を見てどの星かなと探してみたものですね。

そんな飛雄馬への厳しい特訓や頑固親父っぷりを健気に陰ながら星一家を支え、飛雄馬を母親のように優しく見守り続けた姉の明子はきれいでとても素敵でした。のちにライバルの花形満と結婚することに。

 

伴宙太は熱い男

出典:http://revimg03.kakaku.k-img.com/images/Review/000/205/205655_m.jpg

青雲高校で伴宙太は柔道部で野球の経験がなく飛雄馬の速球を捕球できなかったが、死に物狂いで練習し全身痣だらけで初めて捕球できた時、感動した人も多いでしょう。

その時の飛雄馬の「俺は今、猛烈に感動している」は名セリフです。

「ウサギ跳び」や「千本ノック」などの地獄の練習シーンも印象的でした。特にウサギ跳びは当時学校の部活などでも単なるトレーニング目的だけでなく、根性を鍛えるためとか、罰としてとかよくやらされたという人も多いのでは。

懐かしいトレーニング法ですが、関節や筋肉を傷める可能性が指摘され今では見られなくなりました。

 

壁穴通しの一人キャッチボールのシーンは神技

出典:http://livedoor.blogimg.jp/harrycallahan/imgs/9/3/938bf4ce.png

子供の飛雄馬が座った状態で家の中からボールを投げボール大の小さな壁穴を通し外の木にぶつけて、跳ね返らせたボールが穴を通り戻ってくるという壁穴通し一人キャッチボールを繰り返していました。なんともすごいコントロールと衝撃でした。

それを外から見ていた打撃の神様と言われた川上哲治がそのボールを棒で打ち返してしまいます。打球は壁の穴を通り抜け、酔っぱらって寝ている父一徹に当たりそうな瞬間、一徹はとっさに飛び起きざまに捕球し送球動作に。飛雄馬・川上哲治・一徹の神技連発で、子供ながらびっくりした記憶があります。大人になって思うと物理学的にもまずありえないシーンですよね。

 

大リーグボール1号はバットを狙う魔球

出典:http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/fb/c5448571cb848f394a79d13e5577a152.jpg

「大リーグボール1号」は打者の構えたバットを狙ってボールを投げ凡打にする魔球。

弱点は極度の集中が必要で疲労が激しいことでした。鉄バットで鉄球打つ特訓をした花形満に攻略されました。

そこでバットのグリップエンドに当てる改良型を開発します。これも敵となった父一徹が考案した打法(バットをベースのど真ん中に構え、ボールをそこに誘導した上で物凄いスイングスピードで打つ)でオズマに破られました。

 

大リーグボール2号は消える魔球

出典:http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1e/fb/b4d3880dad4cbfe5b77374e0ad139dcc.jpg

「大リーグボール2号」はいわゆる消える魔球。原理は投球時に足で土埃を高く巻き上げボールをくぐらせ、かつボールが地面すれすれに上下動し巻き上げた土埃でボールが消えて見える魔球で一徹が考案した魔送球の応用でした。

弱点は土煙でボールを消せなくなるため雨天や強風時には使えないことでした。ドーム球場に早くなっていてほしかったです。

左門豊作は高速スイングで土煙を消そうとしたり、伴宙太は体重地固めで攻略しようとしました。他にユニフォーム水まき作戦や帽子落とし作戦なども。

最終的には花形満が一本足打法の様な予期せぬ動きをして飛雄馬の動揺を誘い投球モーションを中途半端なものにし、土埃を封じて打ったのです。

消える魔球は子供にとって衝撃でした。消える魔球ができるエポック社の「野球盤」ゲームでよく遊んだものです。

 

大リーグボール3号はバットをよける魔球

出典:https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e9-4b/kousuke427sc/folder/1455285/76/64411976/img_0

「大リーグボール3号」はバットをよける極限の超スローボールで、バットスイングの風圧でボールがバットから逃げるという魔球でした。

投手などスイングスピードの弱い選手の場合、バットの風圧が弱いためボールが逃げきらずバットに当たってしまうこともありました。

これをヒントに星一徹が伴宙太に取らせた作戦は体力を極限に奪うことでした。その結果ヒット性の当たりを放ちましたが一塁まで走れずゲームセット。飛雄馬はこの一球で完全試合達成と同時に左腕が崩壊し、父子の闘いも終焉し最終回となったのです。

 

主題歌「ゆけゆけ飛雄馬」も印象的

出典:http://img06.shop-pro.jp/PA01024/893/product/31392131_o1.JPG?20110515145235

思いこんだら試練の道を行くが男のど根性♪今でも頭にインプットされています。「思いこんだら」の歌詞を「重いコンダラ」と勘違いしていたことから、グラウンドの整地用ローラーのことを「コンダラ」と俗称で言うようになったのです。

 

星飛雄馬に憧れて野球を始める人が多かった

星飛雄馬の足を高くピーンと上げるサウスポーのピッチングフォームはかっこよかったです。飛雄馬に憧れて野球を始めた人も多く、将来の夢は「プロ野球選手」という子供達がたくさんいました。

 

まんが日本昔ばなしについては、こちらを読んでみてくださいね。
>>>まんが日本昔ばなしは怖かった?お気に入りのお話を覚えていますか?

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アキラ

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