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ツッコミどころ満載!?昭和の子供の遊び!

昭和の子供は自分達で遊びを作り出していました。小学生として昭和を生きた筆者のリアルな体験を元に、今考えるとツッコミどころ満載の当時の遊びをご紹介します。

 

昭和のヒット玩具についてはこちらの記事をチェックしてみてくださいね!

>>>昭和のヒット玩具のゲーム特集!これぞレトロ!楽し癒しの世界

 

冒険・探検と言って溝に入る

http://hyougogreenleaf.blog.fc2.com/blog-entry-881.html

懐中電灯を持って友達数人と溝の中に入って遊んだりしていました。今から考えると危ない事してたなぁ。。と思いますが、珍しい事ではなく、山の中を探検してみたりあまり人が行かないような場所に友達と行くだけで特別感があって楽しかったのを覚えています。

秘密の場所を自分なりに考えてみたり友達と共有する事によって連帯感が生まれていたように思います。道端に生えている雑草を石ですりつぶして「薬草」として持ち歩いたり、雨を全身に浴びて天を仰いでみたり、友達はブツブツ呪文を唱えたりしていました。笑

 

白線から落ちたら死ぬ!?

http://www.komei.or.jp/km/itabashi-ishida-keiichiro/2013/07/23/%E3%8A%B9%E5%BE%B3%E4%B8%B8%EF%BC%93%E4%B8%81%E7%9B%AE%E4%BB%98%E8%BF%91%EF%BC%88%E5%8C%97%E9%87%8E%E5%B0%8F%EF%BC%89%E6%A8%AA%E6%96%AD%E6%AD%A9%E9%81%93%E3%81%AE%E3%80%8C%E6%AD%A2%E3%81%BE%E3%82%8C/

これも結構あるあるなんじゃないかと思うのですが、学校の帰り道に白線だけを通って帰ったりしていました。毎日同じ道を通って登下校するので正直飽きるんですよね。普通に歩くだけでは退屈なので友達と色んな話をしながら帰ったり”グリコ”や”カバン持ち”をして帰りました。

時には複数のルールを組み合わせました。じゃんけんで負けてカバンを持ったやつは白線から落ちたらいけない等。給食袋を蹴りながら帰ったり、帽子をフリスビーのように投げて飛ばしながら帰ったり、とにかく退屈が嫌であらゆる事を遊びに変換していました。

 

公園の水を天高く飛ばす

http://laniusbucephalus.blog49.fc2.com/blog-entry-104.html

公園には水を飲む為の蛇口があります。通常の蛇口と違い、上方向に水が飛び出るようになっています。水量は蛇口をどれくらいひねるかで決めるのですが、思い切り蛇口をひねると天高く噴水のように水が上がり、虹が見えます。

これが楽しくて友達とやっていました。あまりいい遊びとは言えませんが、夏の暑い日にやると水撒きみたいな感じで辺りが少し涼しくなったような気がしました。

もちろん、自分達が普通に水に濡れて遊んでいたから涼しかったのもありますが。

 

色んな種類のおにごっこ

http://www.irasutoya.com/2014/06/blog-post_6603.html

ケイドロ(ドロケイという地域もありますね)を含む、鬼ごっこ関係もたくさん種類がありましたね。通常の鬼ごっこは、じゃんけんで鬼を決めてその他の人が逃げて鬼にタッチされたら今度はその人が鬼になるというような感じだと思います。

ケイドロは、まず警察と泥棒に分かれて地面に円を書くなどして牢屋の位置を決めます。警察が泥棒を追いかけるのですが、ここは鬼ごっこと同じですね。通常の鬼ごっこと違うのはタッチされた泥棒は牢屋に入れられてしまうという事。

そして仲間の泥棒が警察に捕まらずに牢屋の泥棒にタッチすると復活出来るというシステムです。これは楽しくて当時よくやっていました。

 

通称「かげふみおにご」という遊びもやっていました。普通に影を踏まれたらアウトみたいなルールで、夕方にやると影が大きく伸びているので踏む面積も大きくなり楽しかったです。

筆者の小学校には石の滑り台があって幅が広い作りになっていました。そこで通称「クジラ落とし」という遊びをやっていました。

鬼ごっことは少し違うのかもしれませんが、鬼はすべり台の下に陣取り、その他の人はすべり台の上に登ります。

鬼はすべり台の頂上まで上がってはいけません。手をついて登るのもなしです。

石の滑り台なので、中腹で立ち止まる事はほとんど不可能なので、勢いで駆け上がってすべり台の上にいる人を下に引きずり落とすのを狙います。

足や手を掴まれてすべり台の下に落とされた人は、鬼が滑り台の上に登るまでに登らないと今度は自分が鬼になってしまいます。

給食の後の休憩時間等によくやっていたのを覚えています。

 

消しカスを集めて練り消し風の物を作る

http://pcmanabu.com/mono-eraser/

消しゴムのカスを集めて練っていくと塊になります。それをひたすら作っていた時がありました。翌日になるとボロボロになるのですが、また練っていると体温で温まり弾力が出てきます。今から考えると汚いなぁ。笑

これを筆箱の中に忍ばせておいて、暇な授業中とかに机の上をひたすら消しゴムでこすって大きくしていっていました。

小学校の机というのは落書きや消しゴムで削った後がたくさんあったり、コンパスや彫刻刀等で傷が付きまくっているのが当たり前でした。

子供の時というのはダメだとわかっていても衝動的にやってしまうものなんですよね。

友達なんか彫刻刀で大きな穴を開けて自慢げに見せてきました。小学校の机や椅子などの備品は何年も使いまわすので、今から考えたら絶対やってはいけない行為ですよね。

今の小学生も同じような事をやっているのでしょうか。当時では大丈夫でも今は大事になる事あるように思います。

 

ダンボールとガムテープでなんでも作った

http://www.kawaguchi-shikou.com/

欲しいものはなんでもダンボールとガムテープで作りました。広告の裏が白いものを取っておいてそこに設計図を書きました。そういえば広告を折って落花生の殻を入れるやつ作ってたなぁ。

大きなダンボールにはワクワクしました。当時、実家で冷蔵庫を購入する事があり、冷蔵庫を入れていた大きなダンボールをゲットした時には胸が高鳴りました。

ハサミやカッターで切って窓を取り付け、家の中で自分だけの秘密基地を作りました。

今から考えれば秘密でもなんでもないですよね。笑

子供がすっぽり入る大きさのダンボールだったので空間を作り上げたり空間を所有する感覚がたまらなかったのだと思います。

誕生日もクリスマスもお正月も遠い時期にはダンボールで自分がほしいものを作り上げて擬似的に手に入れて楽しんでいました。

 

アイデアと工夫で楽しめたあの頃

筆者が子供の時は、やっとファミコンが普及していってる頃だったので、友達もファミコンを持っている子もいれば持っていない子もいました。まだまだ外で遊ぶのが主流だったように思います。

夏の暑い日に公園でボール遊びをしたり走り回ったり。今から考えると、子供の時に家の中ではゲーム、外では友達と走り回れたあの頃は大切な時期だったと思います。

ゲームだけでも外遊びだけでも今の自分は形成されてないと思うからです。なんでも遊びは自分達で作り出していた。だからこそクリエイティブな部分を持った大人になれたのだと思います。

昭和の時代、駄菓子を食べながら自転車に乗ってみんなで色んな所に行ったり遊んだ記憶は、今でも心を癒やしてくれます。

 

ミニ四駆で遊んだ子供たちが多かった!詳しくはコチラに書いてあります!

>>>昭和後期の子供が夢中になった懐かしいおもちゃ”ミニ四駆”

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