1. TOP
  2. 人物
  3. 50年代洋楽ロックの王様エルヴィス・プレスリーのすごさとは?

50年代洋楽ロックの王様エルヴィス・プレスリーのすごさとは?

50年代の洋楽ロックは映画「アメリカン・グラフィティ」のようなフリフリのスカートをはいた女の子と、リーゼント頭の男の子がロックンロールしているイメージ。楽しくてウキウキするような50年代の洋楽ロックの中でもいまだに伝説として語り継がれているのがエルヴィス・プレスリーです。

小泉元総理大臣がエルヴィスの大ファンだった話はきっと皆さんもご存知でしょう。世界的にロックを広めたエルヴィスに影響を受けたというアーティストは今でもたくさん存在していますよね。50年代の洋楽ロックを盛り上げたエルヴィス・プレスリーの魅力について早速振り返ってみましょう。

 

80年代洋楽についての内容は、こちらに書いてあります。
>>>80年代の洋楽lovesongでお気に入りだった曲特集!

 

エルヴィスの生い立ちについて

出典:https://image.middle-edge.jp/medium/c3e67555-8a4d-4c02-a242-ca48ca63f4fb.jpg?1492149815


50年代の洋楽ロックの王様は1935年、ミシシッピ州のデュペロで誕生。双子の兄弟がいたのですが誕生時に亡くなり、家族は子供一人の3人家族。エルヴィスの幼少時代は父親が不渡り小切手で服役したために、大変生活苦で辛い時代を送ったといわれています。

エルヴィスとロックの出会いは11歳の時。お誕生日にライフルをねだったものの親に却下されて代わりにもらったものがギター。この誕生日のおかげで世界のロックの王様が誕生するきっかけとなったのです。

13歳の時にテネシーのメンフィスへ引っ越し、貧しい黒人の労働階級者が多い環境の中でゴスペル音楽など、黒人音楽とともに育っていきます。高校卒業後はトラック運転手として働いた時期もあるそうです。

音楽活動を本格的にスタートしたのは1953年、メンフィスの音楽スタジオでデモを録音。それを聞いたサンレコードの創設者であるサム・フィリップスが1954年に行方不明の歌手の代わりにエルヴィスを起用したことが始まりといわれています。

 

トミー・ドーシー・ステージ・ショウに出演

出典:http://1.bp.blogspot.com/-WnWOmL389mY/TlPJWKrxWqI/AAAAAAAAAG8/Jt5wFlkq-I8/s1600/jailhouse-rock-elvis-presley-1957.jpeg


1950年代はアメリカでは人種差別が激しく、エンターテイメント界でも黒人音楽があまり取り上げられない状態。50年代の洋楽ロックは黒人の曲を白人がカバーして、白人に向けた音楽として販促されていたという背景があります。

同じ楽曲を黒人が歌えばR&Bに、白人が歌えばカントリー・アンド・ウエスタンのジャンルになるという、カテゴリーからすでに分けられているような差別がありました。

こんな時代のなか、1956年に「トミー・ドーシー・ステージ・ショウ」という番組で初のTV出演。この番組内で黒人音楽のR&Bを白人とは思えないパフォーマンスで披露。宗教団体やPTAからは抗議や非難が集まりましたが、若者たちからは大絶賛されファンが急激に増えたといわれています。

このテレビ出演と同時期にリリースした6段目のシングル、「ハートブレイクホテル」はチャートで1位になっています。

 

映画出演の始まり

出典:http://www.genkipolitan.com/elvis/best02/e_image/lovemeten_2.jpg


エルヴィス・プレスリーは人気歌手としてだけでなく、映画俳優としても大変評価されています。歌手として人気が出始めた頃からは多くの映画配給会社から出演依頼が殺到し、演技を独学で学びました。

初めての主演映画は1956年の「やさしく愛して」でこの挿入歌となった曲を収めたアルバムが大好評。1969年までの間にはなんと年に3本ペースで映画が製作されたほど、出演した作品がたくさんあります。

50年代の洋楽ロックを挿入歌した映画はほかにも、「さまよう青春」「監獄ロック」「闇に響く声」「G.I.ブルース」など30本を超える主演映画があります。

 

陸軍に徴兵

出典:https://pbs.twimg.com/media/C7pnja7U8AMrC8t.jpg


1958年にエルヴィスがアメリカ陸軍に徴兵され、ファンは泣く泣くお別れをしました。このころはサン・レコードとの契約を打ち切り、通称パーカー大佐と呼ばれるトム・パーカーとRCA契約を行っています。

1958年は東西冷戦の真っただ中でアメリカの若者たちはどんどん前線基地にお送られます。そんな中でエルヴィスは特権を使い徴兵されないで批判されることを避けて、パーカー大佐はほかの若者と同様に入隊させます。

兵役期間中はエルヴィスはどんな仕事をしていたかというと、西ドイツのアメリカ軍基地でなんとジープの運転手をしていたとか。またこの間に空手の黒帯を取得するなど、兵隊さんとしても頑張って過ごした様子です。

その後除隊されてから再びショービジネスの世界に戻り、すぐさまフランク・シナトラ企画の「プレスリー帰国歓迎家庭パーティ」というテレビ番組に出演しています。

 

プライベートのエルヴィス

出典:https://rosegimenes.files.wordpress.com/2012/09/pri1.png


ラスベガスで1967年にエルヴィスはプリシラ・アン・ポーリューと結婚。出会ったときは彼女はまだ未成年で、高校を卒業させることを条件として二人は一緒に暮らし始めるのですが、結局グレイスランドで生活がスタートし8年後に結婚。1968年にリサ・マリー・プレスリーが誕生します。

しかし一般の人が想像しただけでもわかりますが、エルヴィスが旦那さんだと忙しい生活で二人一緒の時なんてほとんどなさそうですよね。いつもツアーや映画撮影で家を空けることが多くなり、結局二人は1973年に正式離婚しています。

離婚後も二人はとても良い関係を維持して、友達としていつまでも連絡を取り合ったそうです。

 

様々なエピソード

出典:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/81oEL2l4lQL._SX355_.jpg


エルヴィスは1970年にホワイトハウスでニクソン大統領と面会しています。目的は麻薬撲滅のために貢献したいという気持ちを伝えるためで、ロックと麻薬の関係を痛切に感じていたそうです。

その真摯な姿に心を打たれエルヴィスには麻薬取締官の資格が与えられています。この資格を活用して飛行機を止めて麻薬不法所持者を逮捕したり、自分のカバンを盗もうとした男を逮捕するなど、なかなかの正義感の強さも魅力ですね。

また1973年にハワイのホノルルで行われたコンサートは15億人以上に視聴され、なんと人類初の月面着陸の時よりも視聴した世帯数が多かったそうです。

毎日100万ドル使っても使いきれないほどのお金があるというエルヴィスは、匿名で募金したり寄付を繰り返し正確にはいくら寄付したかも把握できないほどといわれています。

 

50年代の洋楽ロックの王様は人間味あふれる人だった!

1977年にメンフィスの自宅グレイスランドで不整脈により亡くなったエルヴィス。現在でもモノマネする人は世界に8万人以上もいるといわれています。20年間を過ごしたメンフィスのグレースランドは国定史跡に認定され、私たちに素敵でかっこいいロックの思い出を残してくれましたね。

 

エルトン・ジョン 僕の歌は君の歌
マイケル・ジャクソン Got to Be There
デヴィッド・ボウイ Be my wife

などについては、こちらの記事をチェックしてみてくださいね!
>>>70年代の洋楽バラード!今初めて聴いた人も絶対ハマる曲全集

\ SNSでシェアしよう! /

showa-loveの注目記事を受け取ろう

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

showa-loveの人気記事をお届けします。

  • 気に入ったらブックマーク! このエントリーをはてなブックマークに追加
  • フォローしよう!

ライター紹介 ライター一覧

マリコ

マリコ

この人が書いた記事  記事一覧

  • 懐かしいアイスクリームのレディーボーデンはリッチなおやつ!

  • 懐かしいアニメ!80年代の海外の人気キャラクターが楽しかった!

  • 懐かしいゲーム機!任天堂のファミリーコンピュータに夢中になったあの頃!

  • 懐かしい歌ランキング!アラフォー世代のテーマ曲マドンナヒット集