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60年代の洋楽シーンで誰もが聴いたことがあるママス&パパス!

60年代の洋楽はとても明るくてワクワクするようなリズムの曲がたくさんありました。イギリスでブレイクしたビートルズをはじめ、モータウンやロックなどそれぞれのジャンルの音楽が個性を放っていた時代でもありますね。

日本では歌謡曲が大流行だった時代、60年代の洋楽を聴いていた人は意外と少ないかもしれませんが、そんななかでもとくにヒットしてお馴染みになった曲がいくつもあります。

アメリカではベトナム戦争が泥沼化し若者が反戦運動を起こす時代の背景のなか、音楽は歴史を1ページにもなったと思います。では早速ですが、60年代洋楽シーンで輝いていたママス&パパスをご紹介します。

 

50年代の洋楽ヒット曲については、こちらの記事に書いてあります。
>>>50年代ヒット曲の洋楽で一番ノリノリになるのはどの曲ですか?

 

ママス&パパスのはじまり

出典:http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/013/533/86/N000/000/000/124205061982216420803.jpg


ママス&パパスは60年代洋楽シーンのアメリカで人気がブレイクしたフォークグループ。メンバーはジョン・フィリップス(1935年8月30日 – 2001年3月18日)、デニー・ドハーティ(1940年11月29日 – 2007年1月19日)、キャス・エリオット(1941年9月19日 – 1974年7月29日)、ミシェル・フィリップス(1944年6月4日生まれ)の4人。

このグループが結成されたのは、キャス・エリオットが活動していたフォークバンドのビッグ・スリーとデニー・ドハーティのバンド、ハリファックス・スリーのそれぞれのメンバーが合流して結成された「マグワンプス」というバンドがはじまり。しかしこのバンドはアルバムを発表することもなくすぐに解散してしまいます。

バンドに所属していたメンバーはその後ラヴィン・スプーンというバンドを結成します。残りのメンバーであるキャスはカリフォルニアでジャズシンガーとしてスタート。デニーはニュージャージーニーメンというフォークバンドに参加することになります。

このバンドにはその後ママス&パパスを結成することになるフィリップス夫妻が所属。フォークからフォークロックへと姿を変えてこのバンドはカリフォルニアへ活動の場を移動。そこですでにソロで活躍しているキャスと合流して1965年に「ママス&パパス」が結成されていきます。

 

大ヒットデビュー!

出典:https://img.discogs.com/MclXOG1cDfY3qRphPPMMccpNXR8=/fit-in/600×600/filters:strip_icc():format(jpeg):mode_rgb():quality(90)/discogs-images/R-5722299-1409675349-7776.jpeg.jpg


60年代の洋楽界に新たな旋風を巻き起こしたママス&パパスのデビューは1965年の11月に発表した「Go Where You Wanna Go」という曲が最初の作品。同じ年の12月に発表された「夢のカリフォルニア」はその後世界的な大ヒット曲になり、リリースした当時は全米4位という好成績。

これだけで止まらずこの曲を書いたフィリップス夫妻はたて続けにヒット曲を生み出します。3枚目のシングルリリースとなった「マンデー・マンデー」はなんと1位を獲得。ママス&パパスの最初のアルバム「If You Can Believe Your Eyes and Ears」はアメリカでロングセラーとなりました。

 

ママス&パパスのヒット曲オンパレード

出典:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/8/8e/The_Mamas_and_the_Papas_Ed_Sullivan_Show_1968.JPG/220px-The_Mamas_and_the_Papas_Ed_Sullivan_Show_1968.JPG


60年代の洋楽を聴いたことがない人でも必ず知っている名曲「夢のカリフォルニア」はアメリカのウエストコースをのビーチを思わずイメージしたくなる曲。最初はニューヨークを拠点に活動していたグループが西海海岸へ移り、この名曲が生まれました。

1位になったマンディ・マンディやI Saw Her Again、Words Of Again、Dedicated to the one I loveなど60年代洋楽を代表するヒット曲を連発。サードアルバムの「The Mamas & The Papas Deliver」も全米2位という大変話題のグループとして活動をしていきます。

男女4人で結成されたこのバンドは、ほかのグループよりも美しいハーモニーが魅力。癒されるような声と時代を反映する音楽が60年代の思い出としていつまでも語り継がれていますね。

 

60年代の洋楽シーンの背景ではこんなことが起きていた!

出典:http://2.bp.blogspot.com/-m7R7CEu_Pvo/T-qJkLRgYgI/AAAAAAAAFIg/sr2xuUEj-6k/s1600/hippie1.jpg


60年代は日本では高度成長期を迎え、NHKでは連続テレビ小説がスタートするなど、生活風景に色々な変化が起こった時代です。60年代の洋楽で活躍したママス&パパスが誕生したこの時代、アメリカではベトナム戦争を背景に音楽にも様々なメッセージを込めた曲が発表されています。

当時サンフランシスコを中心に全米に広がった「フラワームーブメント」と呼ばれる平和運動は、戦争に反対する若者が平和と愛の象徴として花で身体を飾り活動をするというもの。「武器をもたずに花を」というスローガンを抱え、当時は10万人以上もの若者がサンフランシスコの集まるという社会現象となります。

このムーブメントは全米に広がりワシントンDCやシカゴ、シアトル、フィラデルフィアなど。さらに拠点となるサンフランシスコではドラッグや音楽、政治活動などのヒッピー文化の始まりとなります。

こんな時代背景のなか、グループのリーダー的な存在だったジョン・フィリップスは史上初めての野外ロックコンサートを開催。ママス&パパスは若者たちの代表的なメッセンジャーとして人気を獲得していくのです。

 

バンド内でトラブルが発覚!!

出典:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/57/Michelle_Phillips_1966_press_book_headshot_Dunhill.jpg


60年代洋楽界で注目されたこのグループですが、人気絶頂のなかで起こるグループ内の不倫騒動により、メンバー同士の信頼関係に溝が出来てしまいます。

ミッシェルとデニーの不倫が発覚してから、1966年にはミッシェルは夫のジョンにグループから追い出される形で脱退。しかしミッシェルの代役が見つからず、結局復帰して二人はよりを戻すことになります。

その後一時はグループはまた人気の波に乗ることもありましたが、一度できた溝はなかなか埋まらずグループは徐々に崩壊の最終局面を迎えることに。夫婦の亀裂は完全なダメージになり、ミシェルは本当に追放されてキャスもソロとしてグループの曲を発表するなど、活動がバラバラになってしまいます。

ラストアルバムはメンバーがそれぞれ録音したものをダビングして作ったともいわれるほど、グループの繋がりはもろくなって崩壊してしまうのです。

 

60年代の洋楽グループは時代背景のように熱かった!

ママス&パパスは結局2年間という短い活動期間でしたが、この間に発表した曲は今の時代でも名曲として残っています。不倫騒動やメンバーが亡くなるなど今となっては大変貴重なフォークグループとなりましたね。

 

ノーランズについては、こちらの記事をチェックしてくださいね。
>>>70年代洋楽のディスコヒット!キュートなノーランズを覚えてる?

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