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70年代洋楽女性シンガーのドナ・サマーのヒット曲は熱かった!

70年代の洋楽は女性のシンガーが大活躍しディスコソングのブームを支えてくれました。80年代~90年代にかけておしゃれなディスコに通うようになってから購入したディスコヒット集は、まだカセットとして販売されていましたよね。

色々な70年代の洋楽ヒット曲、女性シンガーのノンストップを買った時はウォークマンが手放せない状態。そんな若くてノリノリの時代に輝いていたのがドナ・サマーです。華奢な体でパンチのある歌唱力。70年代の洋楽シーンで大好きだったドナ・サマーの思い出を振り返ってみましょう。

 

80年代の洋楽ヒット曲については、こちらの記事に書いてあります。
>>>80年代洋楽ヒット曲!CMで流れたあの曲は誰だか知ってる?

 

ディスコクイーンのドナ・サマーの生い立ち

出典:https://img.barks.jp/image/review/1000079703/300.jpg


1948年12月31日の大晦日、マサチューセッツのボストンで誕生したドナ・サマーの本名はラドンナ・エイドリアン・ゲインズ。あまりにもステージネームが浸透しているので本名を聞いてもピンとこないですよね。

ドナ・サマーは7人兄弟という大家族のなかで育ち父親は肉屋さん、母親は教師というごく普通の家庭。はじめて人前で歌声を披露することになるのは、彼女が10歳の時教会のゴスペルを歌うことがきっかけとなります。

このチャンスはとてもラッキーなことに、本番にこなかなったシンガーの代役ということでドナサマーがたまたま選ばれたこと。この時の歌声が将来のディスコクイーンへの第一歩になったのでしょうね。

その後はハイスクールで参加したミュージカルのクラスでも注目を浴びるようになり、徐々にスターの座へと近づいていきます。1967年、卒業を目前にした時に彼女はボストンを離れロックバンドに参加するためにニューヨークへ向かいます。

 

ドイツ語がぺらぺらに!

出典:https://i.ytimg.com/vi/_gxQ5JMgBiI/maxresdefault.jpg


ドナ・サマーはニューヨークでミュージカルのオーディションを受けながら、エンターテイメントの世界で着実に経験を積んできます。そんななかドイツのプロダクション関係者に目をつけられて、両親のやっとの了解をとりつけドイツへ引っ越し音楽活動を始めます。

そこでの生活のおかげでドイツ語がぺらぺらになり、何曲もドイツ語でリリースした作品もあるほど。ドイツに移り住んでから3年後次はウィーンに移り住み、ファミリーツリーというグループに参加して音楽活動をはじめます。

68年にはヨーロッパ公演のミュージカル「ヘアー」でデビューをします。70年代の洋楽女性シンガーとして人気のドナ・サマーは意外とグローバルに下積み生活をしていたんですね。だからディスコブーム時代もヨーロッパをはじめとして、世界的に受け入れられたのかもしれません。

 

ディスコクイーンへとして人気者に

出典:https://cdn1.thr.com/sites/default/files/imagecache/landscape_928x523/2012/05/summermain_a.jpg


70年代洋楽の女性シンガーの代表的な存在のドナ・サマーは、ヨーロッパでモデル活動やバックコーラスなどを務める間、ジョルジオ・モルダーのプロデュースにより数々のディスコソングをリリースします。

デビューアルバムとなる「レディ・オブ・ザ・ナイト」はオランダやスウェーデン、ドイツ、ベルギーのトップチャート入りを果たし、シングルカットされた「ザ・ホステージ」はフランスのトップ10入りを果たしています。

しかしこの曲はドイツでは誘拐された政治家を題材にした曲だったためラジオから姿を消した曲になってしまいます。ディスコソングはドナ・サマーとモロダーのコンビで次々と発表され彼女も曲作りに積極的に参加していました。

昔懐かしい7インチ版のディスコアルバムでも、この時代のドナ・サマーの曲が色々ありますよね。声もリズムもディスコシーンととても相性が良い女性シンガーといえるでしょう。

 

大ヒットソングのホット・スタッフ

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1979年にリリースされたアルバム「バッドガールズ」からリリースした曲「ホット・スタッフ」は、70年代洋楽の女性シンガーとして頂点を登りつめた証にもなったヒット曲。日本では80年代以降ディスコヒット曲のなかには必ず入ってくるお馴染みの曲です。

これまでドナ・サマーはディスコ曲をメインとして発表していましたが、ホット・スタッフはロックのリズムをアレンジしたことで今までとはちょっと違った仕上がりになっています。元ドゥービーブラザースとスティーリーダンのギタリスト務めたジェフバクスターのソロが入り、ハードなインパクトを残してくれましたね。

イントロが流れた瞬間にモチベーションがマックスになるディスコ曲。いまだにこの刺激は続いているというミドル世代が多いと思います。

 

ゲイからのバッシングを受ける!

出典:http://discovice.net/images/discogeorose.jpg


ドナ・サマーは1980年にレコード会社を移籍した際、ゲイに対するネガティブなコメントを言ったことにより当時ファンが多かったゲイから反感を買ってしまいます。

のちに広報担当者からこの発言はデマだったと声明を何度か出されましたが、当然イメージが悪くなりなんとかレコード会社との協力によりゲイコミュニティーからの信頼を回復していきます。

数年後雑誌のインタビューで「自分のキャリアはオープンゲイの人達に支えられてきた」と述べています。そもそもアメリカではディスコはゲイ文化として栄えた歴史がありますので、ゲイの人達からのサポートはディスコクイーンにはなくてはならないものですよね。

その後1990年~2000年代にはいると年齢のせいかあまり目立った活動が見られず、ディスコブームも収まったためラジオやクラブでドナ・サマーの曲が懐かしくプレイされる時代が続きます。

 

ドナ・サマーとの悲しいお別れ

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2012年5月17日、フロリダの自宅で63歳という年齢で70年代洋楽女性シンガーの大御所、ドナ・サマーが亡くなりました。禁煙者でありながら肺がんという宣告を受けて闘病生活を続けてきましたが、本人いわくニューヨークのテロにより有毒ガスを吸い込んだことが原因とも言われています。

お葬式はテネシーのナッシュビルで行われ、家族葬でひっそりを営まれました。クインシー・ジョーンズ、レニー・クラヴィッツ、アレサ・フランクリンなどのアーチスト仲間からも惜しまれ、いまだにディスコクイーンの座を守り続けています。

 

70年代洋楽の女性シンガー、ドナ・サマーのディスコブームはまだ続く!

オバマ前大統領もドナ・サマーを惜しむコメントを当時発表しています。世界的に愛された音楽シーンの歴史を作った70年代洋楽の女性シンガー。ドナ・サマーのディスコ曲が流れる限り、彼女はディスコクイーンのパイオニアとして私たちの心の中で生き続けていますね。

 

ノーランズについては、こちらの記事をチェックしてみてくださいね!
>>>70年代洋楽のディスコヒット!キュートなノーランズを覚えてる?

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