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80年代はヒット曲連発!洋楽シーンでモテモテだったプリンスの想い出

80年代のヒット曲は、洋楽シーンで異色な存在だったプリンスの曲がたくさんあります。中性的な魅力がありながもアーティストとしての才能はずば抜けていて、次々とヒット曲をリリースしてくれました。

日本では50代前後のミドルエイジ世代に熱狂的なファンがとても多いプリンス。どんな曲を皆さんは思い出しますか?

プリンスといえば、出演した映画を深夜のテレビで観た記憶がまず頭に浮かびます。歌あり踊りありのエンターテイメントの王様、プリンスが私たちに残してくれた80年代ヒット曲洋楽の想い出を振り返ってみましょう。

 

70年代洋楽ロックについては、こちらの記事に書いてあります。
>>>70年代は洋楽ロックの黄金期!今でも名曲といわれるオススメヒット曲

 

年齢不詳なプリンスの生い立ちについて

出典:https://img.atwikiimg.com/www49.atwiki.jp/aniwotawiki/attach/29282/2702/2012-prince-australian-tour.jpg


プリンスはいつも年齢不詳なところがあり、若いのか歳をとっているのか見分けがつきません。生まれは1958年6月7日、アメリカ、ミネソタ州のミネアポリスで誕生。

誕生日を見ると決して若い人ではないことがわかりますが、いつも派手なファッションをしているせいか、永遠の若さがありますよね。

プリンスは両親ともジャズミュージシャンで、生まれた時から音楽のなかで育ってきました。両親とも黒人なのですが、イタリア系やネイティブアメリカンの血が流れているため、プリンスは不思議な魅力がありますよね。

そもそもプリンスという名前は、父親が当時活動していたバンドの「プリンス・ロジャー・トリオ」という名前からとったもの。子供の時は体が弱く、てんかんの発作をよく起こしていたそうです。

ジュニアハイスクール時代になると、バンド活動で徐々に才能を発揮。シンセサイザーを使ったファンクミュージックのミネアポリス・サウンドの中心的な存在として活躍します。

ワーナー・ブラザースと契約した時はプリンスはまだ19歳。この時も異例の高額契約金が話題になり、同時にセルフプロデュースの権利も獲得しています。

 

ひとりで作ったデビューアルバム

出典:https://wmg.jp/artist/prince/images/p6253_LLL.jpg


1978年にリリースした「FOR YOU」というデビューアルバムはプリンスがなんとひとりで制作したもの。その後もバックバンドだけは集め、セカンドアルバムも作成は一人でほぼこなしています。

日本で初めて発売されたセカンドアルバム「愛のペガサス」は世界的にもプリンスが注目されるきっかけになった作品。そこから80年代はヒット曲を飛ばし洋楽シーンでは特別な存在となります。

デビューした当時のエピソードとして、ローンリング・ストーンズの前座を務めてたプリンスは、ステージにでるとファンから物を投げられるブーイングをうけかなりショックを受けてトイレで泣いていることも。

そんな姿を見たデヴィット・ボウイが、前座の辛さを感じプリンスの姿を見かけて以来、自分のライブには前座をつけなくなったという話があります。

 

80年代ヒット曲洋楽シーンで盛り上がったのはこれ!

出典:https://img.estadao.com.br/resources/jpg/9/8/1493492641689.jpg


1984年に発表された「パープルレイン」は、プリンスの代表的な作品のひとつ。音楽だけではなくパープルレインはプリンスの半生を描いた映画も大ヒットしました。

バイクにまたがったプリンス。ワイルドというよりも妖艶な感じが印象的ですよね。パープルレインはちょっと切ないメロディがヒットして、プリンスの初全米1位の曲となり80年代ヒット曲で洋楽シーンを盛り上げました。

ほかにも同じアルバムからリリースされた「ビートに抱かれて」、「Let’s Go Crazy」、「I Would Die 4 U」「Kiss」なども懐かしいですね。

ほかの洋楽とはちょっと違うメロディがプリンス独特の魅力で、日本では好き嫌いが多かったアーチストかもしれません。

80年代ヒット曲洋楽は、マイケル・ジャクソンやホイットニー・ヒューストンなどがブレイクしたため、プリンスをあまり聴かなかった人もいるでしょう。

とにかく発表したアルバムの数が多く、毎年もしくは1年に複数枚作成するほどでしたから、色々なアイデアが溢れていたのでしょうね。

 

プリンス伝説!楽器の種類がすごい!

出典:http://amassing2.sakura.ne.jp/image/jacket/large/2016/57560.jpg


プリンスのライブやミュージックビデオを見ると、必ず楽器を演奏していますよね。ギターを激しく弾いていたかと思えば、ピアノの前に座っていたり。

なんとプリンスは19歳の時はギター、ベース、シンセ、ドラム、コンガ、パーカッションなど23種類もの楽器をこなしていたといわれています。

最初のデビューアルバムは一人ですべての楽器を演奏し、5か月間スタジオにこもって作成したという伝説が残っています。

子供のころから音楽に囲まれて育ったとは言え、楽器をこれほど演奏できるアーチストはプリンス以外にはいないのではないでしょうか。

 

プリンスのお抱えシェフが語る食事の内容とは?

出典:https://i.pinimg.com/originals/8f/00/fa/8f00fa5e4befdb06dcfc14dadd053eb4.jpg


プリンスは何歳になってもお腹が出るような中年体型にはならず、いつも華奢な体型をストイックに維持していました。

そこで気になるのがプリンスが食べていたもの。週に6回ディナーを作っていたというプリンス専属のシェフによると、プリンスはベジタリアンで一切肉を食べないそうです。

嫌いなものは玉ねぎとマッシュルームとフェタチーズ。好き嫌いに関しては、食後のお皿に残されたものは次回から出さないという暗黙の了解があったとか。

例えばピーマンのスライスがひとつお皿に残された場合は、ピーマンはもう食べないというシェフに送るメッセージだったようです。

とても健康的なイメージがありますが、プリンスは大のスイーツファン。とくにマカデミアナッツ入りのチョコレートクッキー、チョコレートムース、サワークリームアップルコーヒーケーキなどが好物。夕飯を全部スイーツだけにすることもあったようですね。

ベジタリアン、お酒も飲まないという徹底したプリンスの食生活は、ダイエット中の女性なら興味のあるものかもしれません。

 

プリンスの突然の死去

出典:Prince, 57, was pronounced dead shortly after being found unresponsive yesterday at Paisley Park. (Photo by Scott Olson/Getty Images)


2016年4月21日、鎮痛剤の過剰投与により突然亡くなったニュースは、つい昨日のことのように感じます。6月7日はミネソタ州の「プリンス・デー」になり、今でも地元ファンをはじめ世界的に熱狂的なファンがプリンスを惜しんでいます。

先日ミネソタ州で行われたスーパーボールのハーフタイムショーでは、ミネアポリスの街全体がプリンスのパープルカラーに染まる演出もされました。もっともっと素晴らしい曲を聴きたかったという人は多いでしょうね。

 

80年代ヒット曲で洋楽が忘れられないものに!

80年代のヒット曲洋楽シーンで歴史的な想い出を与えてくれたプリンス。高いヒールをはいてダンスする姿が見られらないのは残念ですが、曲を聴くたびに目の前にプリンスの姿を感じるという人は多いのではないでしょうか。

 

エルヴィス・プレスリーについては、こちらの記事を読んでみてくださいね!
>>>50年代洋楽ロックの王様エルヴィス・プレスリーのすごさとは?

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マリコ

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