1. TOP
  2. 人物
  3. 懐かしい歌といえばいつまでも忘れないカーペンターズ!

懐かしい歌といえばいつまでも忘れないカーペンターズ!

懐かしい歌のメロディが聴こえてくると、ふと若い時や子供の頃の映像が頭に浮かびます。洋楽で懐かしい歌といえば「カーペンターズ」を覚えていますか。あの声を聴くととても癒されて、激しい洋楽に疲れた時は無性に聴きたくなります。

カーペンターズは今はどうしてるのかな?って気になる人もいるでしょう。洋楽のジャンルもよく知らずに聴き始めた若いころ。素敵なメロディで大人の仲間入りをしたような気分。洋楽の定番ともいえるカーペンターズについて思い出を振り返ってみましょう。

 

80年代の洋楽バラードについては、こちらの記事に書いてあります。
>>>80年代洋楽バラードヒット!女性ボーカルの美しい声が懐かしい!

 

カーペンターズのはじまり

出典:http://1.bp.blogspot.com/-sWwoF3Ui0LY/TvVaeCq6GgI/AAAAAAAAEes/-85YXEtieqw/s1600/Carpenters+1969.jpg

懐かしい歌のヒットをたくさん持っているカーペンターズ。すぐに思いつくのがボーカルの女性の優しい声ですよね。もしかしたらカーペンターズはソロ?と思っている人もいるかもしれませんが、実は兄弟で結成されたデュオなのです。

ボーカルは妹のカレン。楽器の演奏はお兄さんのリチャード。兄弟だからこそあの優しい音楽が続々と生まれていたのかもしれませんね。二人が生まれたのはアメリカのコネチカット州。お兄さんは1946年生まれ、妹のカレンは1950年生まれ。二人が音楽に興味を持ち始めるきっかけになったのは、音楽好きの父親のためといわれています。

お兄さんのリチャードは父親が持っているレコードをたくさん聞きまくり、ピアノの練習を熱心に行う少年。妹のカレンは外で元気に遊ぶ子供でスポーツ好きが大好き。そんなよくありそうなアメリカの家族は、1963年に家族そろってロサンゼルスに移り住むことになります。

兄弟は高校でバンドを選択科目にして勉強を始め、音楽教師にリチャードがピアノの腕を認められたことがさらに音楽界へ近づくきっかけになったようです。高校卒業リチャードは大学へ進みここで将来の作曲パートナーや演奏家と出会います。

 

ボーカルのカレンはドラマーだった?

出典:http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/94/565f58bf2ccb7d6b24e8b605dba955b3.jpg

妹カレンですが、ピアノに夢中になっているリチャードとは逆に1965年の1年間、ドラム演奏の練習に励みます。それぞれが楽器を担当するようになり兄弟はジャズのトリオを結成しようと計画。当時仲が良かったウェス・ジェイコブスと3人でバンドを結成します。

この時の担当はリチャードがピアノ、カレンはドラム、ジェイコブスはベース、トリオの名前はリチャード・カーペンター・トリオというカーペンターズの元ができあがります。

このバンドは1966年の「バトル・オブ・ザ・バンド」で自作曲やイパネマの娘を演奏して優勝。その後、ベース奏者のジョー・オズボーンが立ち上げたマジック・ランプ・レーベルでアーティストの短期レコード契約をします。

しかしこのレーベルは長持ちせず、シングル曲がいくつか発表されて終わり。その後はカレンとリチャードが大手のA&Mレコードからオファーを受けてデモテープの制作を始めます。

 

カーペンターズの活動がいよいよスタート

出典:https://cdn.mainichi.jp/vol1/2017/03/07/20170307biz00m010025000p/8.jpg?2

懐かしい歌の数々を生んだカーペンターズ。そもそもデュオの名前、カーペンターズというのは苗字からとられたもの。本来ならばザ・カーペンターズと名前を付けるところ、「THE」の部分をあえてつけないほうがかっこいいというリチャードのアイデアで、カーペンターズ(大工)という意味の名前に決定されます。

二人は1969年にA&Mで正式に契約。この時カレンはまだ未成年の19歳という若さ。契約の際には両親の署名が必要だったようですね。最初にリリースされたアルバムにはリチャードのアマチュア時代の曲も何曲は収録されていますが、一番ヒットした曲がビートルズの「涙の乗車券」をバラード風にアレンジした曲。これがビルボード・ホット100で最高で54位にランクインします。

カーペンターズの最初の成功になったのが1970年の「Close to you」という曲。ビルボードで56位で初登場しその後、チャート1位に。4週間連続で1位を獲得した最初のヒット曲となります。このアルバムはローリング・ストーン誌が選ぶ「偉大なアルバム500選」の175位にも選ばれ、グラミー賞では最優秀新人部門も受賞しています。

 

カーペンターズの名曲の数々

出典:https://wing-auctions.c.yimg.jp/sim?furl=auctions.c.yimg.jp/images.auctions.yahoo.co.jp/image/dr000/auc0309/users/7/0/1/3/licca_7-img1198x1198-15042579234u1vnd32244.jpg&dc=1&sr.fs=20000

カーペンターズのヒット曲は数えきれないほどあり、アダルト・コンテポラリーで1位になったシングルは15曲、アルバムの総売り上げはなんと1億枚を超えるともいわれています。日本ではなんと海外アーティストとしてアルバム売上は、あのビートルズに次ぐ第2位。世界的にも愛されたデュオは、懐かしい歌という以上に音楽会の歴史の一部でもありますね。

そこで名曲をいくつか振り返ってみましょう。日本でもお馴染みの曲、「プリーズ・ミスター・ポストマン」はマーヴェレッツというモータウングループが最初にリリースした曲でこれを二人がカバー。1975年のビルボードでは1位を獲得しています。日本ではシングル最高の売り上げ枚数を記録した懐かしい曲でもあります。

「イエスタデイ・ワンス・モア」も大変ヒットした曲で、この曲は1973年にリリースされたシングル。懐かしいオールディーズを歌ったものでとてもメロディが懐かしい歌に仕上がっていますよね。

「オンリー・イエスタデイ」やカレンが最も好きな曲として有名な「青春の輝き」、ハーマンズ・ハーミッツのカバー「見つめあう恋」など、どれも素敵なメロディでカーペンターズならではのサウンドが特徴です。

 

今はどうしているカーペンターズ?

出典:https://iwiz-chie.c.yimg.jp/im_siggG4hiE.DZYdIbCnu8UO6zaw—x320-y320-exp5m-n1/d/iwiz-chie/ans-181557947

いつのまにかカーペンターズの話を聞かなくなってしまいましたが、そのわけはリチャードの薬物依存、また妹カレンが拒食症による心臓麻痺の突然死で、デュオの行動に終止符が打たれることになったため。

1983年にはハリウッドのコダック・シアターにカーペンターズの星形プレートが飾られ、懐かしい歌の歴史はファンの思い出ととともに一生残りました。日本にも来日公演を何度も行ったカーペンターズ、近年はお兄さんのリチャードが妻とともに芸術家の後援活動をするなど、音楽界とのつながりは別の形で続けているようです。

二人が卒業したカリフォルニア州立大学ロングビーチ校には「リチャード&カレン・カーペンター・パフォーミング・アーツ・センター」と呼ばれる施設もあり新たなデュオがここから生まれるかもしれません。

 

懐かしい歌のカーペンターズは人気ヒット曲で二人を思いだそう!

ボーカルのカレンが他界し、あの素晴らしい歌声は聴けなくなりましたが、二人のヒット曲は永遠に懐かしい歌として私たちの心の中で生き続けています。

 

エルトン・ジョン 僕の歌は君の歌
マイケル・ジャクソン Got to Be There
デヴィッド・ボウイ Be my wife
などについては、こちらの記事を読んでみてくださいね。
>>>70年代の洋楽バラード!今初めて聴いた人も絶対ハマる曲全集

\ SNSでシェアしよう! /

showa-loveの注目記事を受け取ろう

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

showa-loveの人気記事をお届けします。

  • 気に入ったらブックマーク! このエントリーをはてなブックマークに追加
  • フォローしよう!

ライター紹介 ライター一覧

マリコ

マリコ

この人が書いた記事  記事一覧

  • 70年代のdiscoシーンは刺激を求める人のたまり場!!

  • 70年代のファッション映画ってとても素敵でエキセントリック!

  • 昭和の服といえばギンガムチェックが超イカしてたのはなぜ?

  • 昭和の風景でノスタルジックな世界に行ってみよう!今でも残るレトロな場所