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昭和の芸能人“お騒がせ事件簿”~あのときの衝撃再び~

テレビが一般家庭に普及し、ブラウン管の向こうで活躍する多くのスターが誕生した昭和の時代。華やかな姿とはうらはらに自ら事件を起こしてしまう芸能人が後を絶ちませんでした。そんな芸能ゴシップ情報を、いち早く伝えてくれたのがワイドショーの突撃レポーター。当時、彼らが追った芸能人の事件をご紹介しましょう。

 

昭和の事件についての詳しい記事はこちらをチェックしてみてください。

>>>【昭和事件簿18選】戦前からのミステリアスで衝撃的な事件が今よみがえる!

【人気ロック歌手「チャー」覚せい剤で逮捕/1978年12月】

http://contakuto.exblog.jp/12079102/

人気絶頂だったロック歌手チャーが、覚せい剤で逮捕されたのが昭和53年。この事態は、当時の多くのファンに衝撃を与えました。事件の内容は「親衛隊の少女らと一緒に覚せい剤にかかわっていた」というもので、報道では、先に逮捕された友人の自供でチャーの名前が挙げられたと報じました。

「気絶するほど悩ましい」が大ヒットしたあとも「逆行線」「闘牛士」と次々とヒットを飛ばしていた才能ある人物だっただけに、とても残念な事件として記憶に残っています。

【高橋惠子“愛の逃避行”失踪事件/1979年】

http://news.mynavi.jp/news/2015/01/10/069/http://news.mynavi.jp/news/2015/01/10/069/

1970年のデビュー作品 映画「高校生ブルース」でヌードを披露し話題となった高橋惠子(当時は関根恵子/15歳)。その後、数々の作品に出演し大人気女優となった高橋でしたが、1979年に若手の作家と突然失踪。そのとき出演していた舞台を投げ出して海外に渡ったことから、世間はそれを「愛の逃避行」と呼び話題になりました。

その後、高橋判明氏(映画監督)と結婚し、現在も女優として活躍中。当時の心境について高橋は、「一口にはいえないことですが。若気の至りというのか、その時は死ぬつもりだったものですから(2015/1/10放送「サワコの朝/TBS」を要約)」と語り、当時を振り返りました。

【シャネルズ集団わいせつ事件/1980年】

http://keitrend.blog.so-net.ne.jp/2015-03-13

1980年にデビューしたバンド「シャネルズ」は、顔を黒く塗った4人のボーカルによるドゥーワップ演奏で大人気に。リーダーの鈴木雅之、田代まさし、桑野信義らを含め全部で10名。デビュー曲「ランナウェイ」はミリオンヒットとなりました。

その年、メンバーのうちの5名が未成年女子2名とわいせつな行為をした疑いで書類送検され、グループ活動は半年間の謹慎期間を設け休止(この事件に鈴木、田代は関わっていません)。メンバーの半分が人気絶頂な時期に起こした事件は、世間を驚かせる事件となったのです。

活動再開後は、街角トワイライトがオリコンチャート1位を獲得し、1983年にはグループ名をラッツ&スターに改名。その時のデビュー曲「め組のひと」が80万枚を超える大ヒットとなりました。

ちなみに、田代まさしが盗撮の疑いで初逮捕されたのは2000年。平成に入ってからのことでした。

【ザ・ドリフターズ(仲本・志村)の競馬ノミ行為事件/1981年】

http://hitomoti.com/archives/15410

1970年代~1980年代にお茶の間に爆笑の渦を巻き起こしたザ・ドリフターズ。『8時だョ!全員集合/TBS』『ドリフ大爆笑/フジテレビ』などで多くの笑いを生み出しました。人気絶頂の中で起きたのが仲本工事と志村けんの競馬ノミ行為。当時、約100万円を賭けていたということで、書類送検のうえ略式起訴されています。ちなみに、芸能活動の謹慎期間は1ヶ月でした。

【清水健太郎“大麻で逮捕”/1983年4月28日】

http://m.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/06/08/kiji/K20130608005968990.html

シミケンこと清水健太郎は、1976年に「失恋レストラン」でデビュー。大ヒットを飛ばしたあとも、「帰らない」「泣き虫」など連続ヒットを出し、翌年の各種新人賞を総ナメにした人物です。また、アイロンパーマをかけも短くカットするという健太郎カットも流行りました。

歌手活動だけでなく俳優としても活躍していましたが、1983年、ちょうど刑事役として『Gメン’82』に出演しているときに、大麻取締法違反で逮捕。そのときは「所持」での逮捕だったため起訴猶予処分でしたが、1986年には大麻使用で二度目の逮捕となり懲役1年・執行猶予4年の有罪判決が下っています。

その後も逮捕は続きます。1994年には覚醒剤の所持で三度目の逮捕となり懲役1年6ヶ月の実刑判決に、さらに2004年には覚せい剤取締法、および麻薬及び向精神薬取締法違反で四度目の逮捕、懲役2年4ヶ月の実刑判決を受けています。

まだまだ続きます。2008年、自動車運転過失致傷、および道交法違反(ひき逃げ)で逮捕され懲役7ヶ月の実刑判決に、そして2010年には薬物5度目の逮捕(覚せい剤使用)となり懲役1年10ヶ月の実刑判決を受けています。さらに、2013には合成麻薬使用の容疑で薬物関連では6度目の逮捕となっていますが、これは不起訴処分に。

一度手を出してしまうと止めることができない、という薬物の怖さを物語っていますが、現在、本人は3度目の結婚をし、歌手として活動を再開。CDをリリースしライブ活動などを行っているそうです。

【高部知子ニャンニャン事件/1983年】

http://eigaflex.com/299/s299_275_s4_a3i.html

「欽ちゃんのどこまでやるの!?」で三つ子の長女のぞみ役として一躍有名になった高部知子。しかし、写真週刊誌FOCUSに、ベッドでタバコを咥え異性と一緒に写った写真が掲載され、欽どこ、その他CMなどを降板することに。当時、高部は15歳だったことで「未成年者の喫煙」が問題しされました。

また、「ベッドで二人仲良くニャンニャンしちゃった後の、一服である」とFOCUSの記事に書かれていたことから、ニャンニャン事件と呼ばれるようになりました。

【萩原健一“自宅から大麻”/1983年4月18日】

https://matome.naver.jp/odai/2139314505143397801/2139314812546694203

「太陽にほえろ」「傷だらけの天使」「前略おふくろ様」などの連続ドラマに出演し、若者のカリスマ的な存在として人気を確かなものにした俳優。1983年に大麻不法所持で逮捕された際は、懲役1年、執行猶予3年という有罪判決に、また1984年、2004年の2回、交通事故を起こし逮捕されました。

その後、2011年に冨田リカ(モデル)と結婚し、芸能活動の他、四国八十八箇所を遍路するなど仏教研究を行っているそうです。

【ダン池田「芸能界本日モ反省ノ色ナシ」出版騒動(1985年)】

http://63boy.jugem.jp/?eid=353

夜のヒットスタジオの専属バンドとして活動していた「ダン池田とニューブリード」。ダンは指揮者として活躍し、「スターどっきり報告」「ズバリ!当てましょう」などにも出演していましたが、1985年に自身の日記をまとめた「芸能界本日モ反省ノ色ナシ」を出版。タイトル通り、いわゆる暴露本として注目を集め、70万部越えのベストセラーとなりました。

しかし、このことがきっかけでバンドマスターを辞めることになり、徐々にテレビに出演する機会が減少。2007年に急性呼吸不全で死去(享年72歳)されています。

【たけし軍団“フライデー襲撃事件”/1986年12月9日】

https://matome.naver.jp/odai/2134554256647586801

フライデーの記者が、当時ビートたけしと交際していた専門学校生に強引な取材を行おうとして2週間のケガを負わせたことが事件の発端。それに怒ったビートたけし、及びたけし軍団の11名、計12名が講談社フライデー編集部に乗り込み襲撃しました。編集長、編集部員などに傷害を負わせたことで、暴行容疑、および住居侵入、器物破損容疑で逮捕され、ビートたけしには懲役6ヶ月、執行猶予2年の判決が下され、たけし軍団のメンバーは起訴猶予処分となりました。

この事態に写真週刊誌を出版していない会社の雑誌は、ビートたけしに同情するコメントを掲載し、新聞などでも写真週刊誌が批判される風潮が見られました。

【中森明菜自殺未遂事件/1989年】

https://matome.naver.jp/odai/2142296905785110801

1989年、日本中に衝撃を与えたのが中森明菜の近藤真彦宅での自殺未遂事件。一部で報道されている内容(研音の元社長花見氏の話)では、浴室で左ひじ内側を切って倒れていたというもの。

その年の大晦日、明菜とその友人として出席した近藤真彦2名による謝罪会見が行われましたが、ジャニーズ事務所が用意した会見場には内容に合わない金屏風が用意されていたことから、中森明菜金屏風事件ともいわれています。

<参考URL>
http://www.asagei.com/excerpt/25542

【まとめ】

昭和の思い出を語る際に身近に感じられるのが芸能界の話題。今回は、「事件」をキーワードに振り返ってみました。特に、スターである本人自らが起こしてしまった事件を取り上げましたが、芸能界ではその他に悲しい事件・事故などが多数起きています。

◆河合奈保子“セリ穴から転落”/1981年
◆沖雅也“京王プラザホテルから飛び降り自殺”/1983年6月28日
◆岡田有希子“自殺”/1986年4月8日

今回ご紹介した有名人のその後はさまざま。引き続き素敵に芸能生活を送っている人、引退して幸せに暮らしている人、この事件をきっかけに引退した人、そしてもう二度とその姿を見ることができない人も…。「この事件さえなかったら…」今も、もしくは今以上に、輝いていたのかもしれませんね。

 

昭和の死語は結構斬新!?こちらの記事についても見てみてくださいね。

>>>“昭和の死語”は永久に不滅です!~平野ノラも真っ青の古きことばたち~

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kyouka

kyouka

ライター歴15年。
東京オリンピックが開催された昭和39年生まれの女性フリーライターです。
昭和生まれの方々、そしてスマホ時代の若い世代にも”昭和”の魅力を伝えていきたいと思っています。

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