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昭和のラジオ番組が懐かしい!ラジオパーソナリティといえばこの人!

今の時代はテレビやネットが主流なので、ラジオを聴く人は減っているかもしれませんよね。しかしまだまだラジオ番組は健在で、仕事をしながらラジオから聞こえてくるDJやパーソナリティの声にワクワクする人もいるでしょう。

昔はラジオから人気がでる人達も数多く、私たちにとってはとても重要なメディアでした。そんな時代に番組をいつも盛り上げてくれていた、人気のラジオパーソナリティをご紹介したいと思います。

 

80年代の深夜番組については、こちらの記事に書いてあります。
>>>80年代の深夜番組で音楽マニアが愛したベストヒットUSA!

 

落合恵子

出典:https://i.ytimg.com/vi/MN9VYVndvtU/hqdefault.jpg

作家でもある落合恵子。元文化放送アナウンサーで1967年~1974年の間、「セイ!ヤング」や「日野ミッドナイトグラフィティ 走れ!歌謡曲」のパーソナリティを務めていました。

70年代にとても人気があった「セイ!ヤング」ではレモンちゃんなんて呼び名がつけられるほど、リスナーからも愛されていましたね。

落合恵子は1974年から作家活動をはじめ、76年にクレヨンハウスという有名な児童書籍の専門店をオープンします。

とてもしっとりとした話し方は、ラジオに聞き入ってしまうほど。1971年から始まった「こんばんわ、落合恵子です」では夜の静かな時間を一人過ごしたい人にはとてもピッタリなラジオ番組だったといえるでしょう。

最近はフェミニストとしての活動も盛んで、女性や子供に関する講演活動なども幅広く行っています。

 

ばんばひろふみ

出典:https://i.ytimg.com/vi/5PUejYcwk80/maxresdefault.jpg

ラジオパーソナリティとして忘れてはいけないのが、ばんばひろふみ。ラジオから聞こえ来る優しい声は、テレビから得ることができない癒しがありますよね。

ばんばひろふみはフォークシンガーとしても有名で、生まれは京都の老舗旅館、子供の時からバイオリンを習うというとてもセレブな幼少時期を過ごしていたようです。

ラジオのパーソナリティとして注目されるようになったのが、谷村新司と共演した「セイ!ヤング」。顔が大きいといつもネタにされていじられキャラを演じてくれました。

「セイ!ヤング」は深夜ラジオ番組として1969年~1994年まで文化放送で放送された人気番組。深夜という時間帯だったのでかなりどぎつい話題もリスナーに人気があった理由です。

ほかにも「ペパーミントストリート・青春大通り」や「パックインミュージック」「青春キャンパス」といった懐かしい番組を担当しています。

 

近田春夫

出典:http://musicshelf.jp/blog/staff/image/45.JPG

ラジオ番組といえば「オールナイトニッポン」があります。歴代のパーソナリティがいるなか、隠れファンがとても多いのが「近田春夫のオールナイトニッポン」。

番組が開始したのは1977年~1979年。第一部は毎週金曜日の深夜1時~3時までという夜中の番組で、夜更かしている人やこの番組を聴くためにずっと起きている人もいたことでしょう。

近田春夫は作曲家、ミュージシャン、音楽プロデュサー、評論家、タレントとマルチな活動が有名ですが、昭和45年にグループ・サウンズの時代にロック・パイロットというバンドに参加しています。

音楽活動で知らない人も意外と多い近田春夫は、日本語ラップのパイオニアであること。1985年にラップ音楽に注目をして、自身のレーベル「BPM」を率いて活動を始めます。タモリ倶楽部では空耳アワーの常連でもあり、あらゆる才能で多くの人を楽しませてくれましたね。

 

大橋照子

出典:https://www.hamlife.jp/wp-content/uploads/2013/12/00110.jpg

次のパーソナリティは、フリーアナウンサーとして活動している大橋照子。いつも生放送だった日本短波放送の「ギャング・パーク」は個性的な番組構成が人気でしたね。

スタジオ内にリスナーがレコードをもってきて放送するというちょっと変わった放送形態。聴いている人との距離感がなくとても身近に感じるラジオ番組でした。

日本短波放送、現在のラジオたんぱでは「ミュージック・アルバム」「ヤロウどもメロウどもOh!」「ミュージック・アラカルト」などを担当。フリーに転向してからも「ポップス・ベストテン」などで人気を集めていました。

1985年から5年間の間はサンフランシスコに移住し、そこでも日本語放送に出演したり小学校でスピーチするなど、日本以外でも活動を行っています。現在はスピーチの教育者としてボランティアグループの代表や、話し方教室を開講しています。

 

あのねのね

出典:https://pbs.twimg.com/media/DTL3FBaVAAEaqy7.jpg

ラジオの人気ものといえばあのねのねがいましたね。この二人はコメディアンかと思わせるほど、楽しい会話のやりとりがラジオでも話題に。余りにも話術が素晴らしいので本業のフォークデュオであることを忘れてしまう人もいたでしょう。

「あのねのねのオールナイトニッポン」は1973年からパーソナリティを担当。とてもお騒がせな番組構成がリスナーの人気を呼んたことも懐かしいですよね。

ある時は、あのねのねの二人が始発の山手線に乗って東京の朝をみたい、と宣言したことで実際に山手線に乗るなど、生放送で聴いていたリスナーが駆けつけて電車内が満員になるというハプニング。

他にも当時世間を騒がせていたロッキード事件に関連し、番組中に小型飛行機を注文しようとロッキード社に国際電話をかけることもありました。この出来事はリスナーからの抗議の投書があり、それ以降は中止になったというオチがあります。

 

吉田照美

出典:https://article-image-ix.nikkei.com/https%3A%2F%2Fimgix-proxy.n8s.jp%2Fcontent%2Fpic%2F20140303%2F96958A9C93819499E3E2E2E1808DE3E2E2E0E0E2E3E6E2E2E2E2E2E2-DSXZZO6662748010022014000000-PN1-14.jpg?auto=format%2Ccompress&ch=Width%2CDPR&ixlib=php-1.1.0&w=450&s=670ec14d03916cc20fb8b7806f14675b

1978年より「セイ!ヤング」のパーソナリティを務めた吉田照美。色々なラジオ番組から吉田照美の声が当時は聴かれました。ラジオの深夜番組のブームが過ぎつつある中、吉田照美はリスナーが仰天するような企画を次々に敢行します。

中央線の車内に突然登場し空のビールジョッキを持ち、集まったリスナーと乾杯の音頭を呼ぶ「乾杯おじさん」。受験生を装い合格の胴上げをした「ニセ東大胴上げ事件」といったバカげた企画が大変注目されていました。

1980年からは「吉田照美の夜はこれから てるてるワイド」のメインパーソナリティに抜擢され、現在もラジオ番組やテレビ出演など意欲的に活動を続けています。

 

あなたにとって懐かしいラジオ番組はありますか?

ラジオ世代にとってのラジオはいつの時代になっても、なぜか手放せない魅力があります。その時間になると忘れずにラジオをオンにして、多少の雑音が入りながらも番組を探した懐かしい思い出があります。

 

・連想ゲーム
・オールスター家族対抗歌合戦
・お笑いマンガ道場
などについては、こちらの記事をチェックしてみてくださいね。
>>>昭和のテレビ番組で「あの頃見ていたなぁ」と思う懐かしいもの

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