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昭和の落語家人気者シリーズ!一番笑ったのは誰?

昭和の落語といえば、日本古来のエンターテイメントでテレビ番組や寄席などに足を運ぶファンが大勢いましたね。今の時代は昭和のような落語ブームは姿を消してしまいましたが、若手お笑い芸人にとってはとても影響力のある存在だったのではないでしょうか。

昭和の落語といえば、今は高齢の有名な落語家たちが当時活躍していた時代ですよね。落語番組だけではなく色々なバラエティ番組にも登場するなど、昭和の笑いの原動力になっていました。

そこで、昭和の落語界でとても面白かった人気者たちを集めてみましたので、ぜひ昔を振り返ってみましょう。

 

昭和の漫才コンビについては、こちらの記事に書いてあります。
>>>昭和の漫才ブームで好きだった漫才コンビは?

 

桂 歌丸

出典:http://jonny.click/wp-content/uploads/2016/12/maxresdefault-33.jpg

昭和の落語家といえば「笑点」でおなじみの桂歌丸師匠がいます。最近は体調不良でニュースになることがありますが、笑点では放送開始から大喜利メンバーとして活躍されている落語界の大スターです。笑点の司会は2006年~2016年まで5代目として勤め、終身名誉司会者となりました。

子供時代は父親が3歳の時に亡くなってから父方の祖母に育てられ、ラジオの落語番組が大好きな少年だったといわれています。生家は横浜にあり遊女たちを間近で見て育ったせいか、女性の化粧風景やバニーガールの姿など、女装のお笑いをとることもしばしばありましたね。

細い体型からは想像できないほどのエネルギッシュな落語は日本古来のエンタメであることを再認識させてくれます。落語家としてスタートするのは昭和26年のことで、当時まだ中学生だったにも関わらず5代目古今亭今輔入門して落語を学ぶようになります。国外ではカナダで公演を行うなど、世界的に落語を広める活動も大変注目されました。

 

三遊亭小遊三

出典:http://www.musashino-culture.or.jp/eventinfo/assets_c/2012/02/koyuuza-thumb-480×360-2040.jpg

いつもニコニコ顔で周囲まで元気にしてくれる三遊亭小遊三は落語だけでなくスポーツにも大変興味を持ち、東京オリンピックでは聖火ランナーを務めたことも。2020年の東京オリンピックでも聖火ランナーをひそかに狙っているという噂もあります。

生まれは昭和22年、昭和の落語家としてまだ若手だったころからテレビ番組で拝見していましたが、笑点ではなんと一番のモテ男という異名を持つことは女性の皆さんも知らないかもしれませんね。

そしてさらにインテリであることもよく落語で笑い話として披露されていますが、明治大学経営学部を卒業し、意外なおちゃらけた人柄からは想像できない一面もあります。

卓球の話題になると人一倍熱く語る理由は、高校時代に卓球部のキャプテンだったため。落語家としての活動は大学在学中に三遊亭圓生の弟子入りをしたことがきっかけとなっています。漫才ブームがあった時代に落語家としてデビューをした貴重なひとりです。

 

春風亭昇太

出典:http://rakugo1day1speech.com/wp-content/uploads/2016/06/%E3%81%97%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%9F-220×146.png

昭和の落語家のなかでは若手として注目されてスタートしていますが、おかしなエピソードとしては笑点の6代目司会者として消去法で選ばれたという経緯があります。

昭和34年生まれで東海大学文学部卒。このころから落語家は学歴がとても大切な職業なのかと多くの人は不思議に思ったかもしれませんね。

若手ながらも落語の才能は各方面で評価され平成12年には第5回文化庁芸術祭の大賞受賞しています。50代になった今でも独身を貫き、落語番組ではそれをネタにされていじられることもしばしば。落語だけでなくバラエティ番組やサッカーのサポーターとしても有名ですよね。

新作落語には「ストレスの海」や「宴会の花道」などがありますので、もし落語を聞くチャンスがったらぜひ聴いてみてください。

 

林家三平

出典:http://www.ctv.co.jp/legendmap/img/hayashiyasanpei/main.jpg

今は2代目が活躍していますが、昭和の落語界で忘れてはいけない存在が、初代の林家三平師匠。生まれは1925年東京の下谷生まれで明治大学商学部に入学しているインテリ落語家さんです。父親は7代目柳家小三治で長男として誕生。1952年に香葉子夫人と結婚しますが、この同じ年に病気で1か月の入院生活を送ります。

1965年には日本テレビの「踊って歌って大合戦」の司会をつとめ、1967年は笑点の大喜利や演芸コーナーに出演します。海老名美どり、泰葉など芸能一家でとてもワイワイ楽しそうな家族風景がイメージできますよね。

三平師匠はテレビで巻き起こった第一次の演芸ブームの火付け役ともいわれ、「どうもすみません」というゲンコツを額にあてるギャグは2代目がやっても初代にはかないませんね。

 

立川談志

出典:https://i.ytimg.com/vi/f5KIJQmlDLk/hqdefault.jpg

1936年東京文京区生まれ。古典落語と現代落語をうまく調和させ独自のお笑いが魅力の昭和の落語家です。ほかの落語家と違うのはとても破天荒ぶりがインパクトがあり、落語番組だけでなくバラエティやトークショーなどでも独自の意見をストレートに言えるところが魅力でしょう。

落語だけでは満足できず、1969年にはなんと衆議院議員総選挙に東京6区から無所属で出馬するという経験の持ち主。残念ながらこの時は落選してしまいましたが、立候補者9人のなかで6位というまずまずの結果だったといえるでしょう。

さらに諦められず1971年にも再び全国区から無所属で出馬して初当選。政治活動もストレートな発言で異色な存在になっていましたね。

 

林家木久扇

出典:http://funny-plus.com/wp/wp-content/uploads/2015/05/3c098b9ea9f0c61d9978ec1b31e228fe.png

昭和12年生まれの落語家、林家木久扇は旧名林家菊蔵といったほうがピンとくる人が多いでしょう。笑点の大喜利のメンバーのなかでもボケ的な存在がとてもおかしく、落語界の与太郎として欠かせない魅力を発揮しています。

いつもお金儲けのことしか考えていないとメンバーからもいじられることがよくありますが、木久扇師匠がビジネスシーンで活躍するところといえばラーメン店があります。ラーメン業界に進出したきっかけは知らない人も多いと思いますが、最初は横山やすしと2人で「全国ラーメン党」を結成したことがきっかけ。

お土産としての販売も人気があり、関東主要施設や駅、空港などでは東京土産ランキングで一位を獲得したこともありますよ。

 

昭和の落語家はマルチタレントで技がいっぱい!

昭和の落語は古典演芸のお勉強の場にもなりますし、品の良いお笑いを求める人にも大変ピッタリ。昔のように舞台で寄席を行うだけでなく今は色々なメディアで昭和の人気落語家さんたちが頑張っていますね。時間があるときはひとり落語DVDでお腹を抱えて笑いたくなります。

 

トニー谷
青空球児・好児(あおぞら きゅうじ・こうじ)
ザ・ぼんち
などについては、こちらの記事をチェックしてみてくださいね!
>>>懐かしい芸人のギャグは今見るともっと面白い!昭和を沸かせたお笑いの世界

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