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昭和の歌手はパンチがあった!中尾ミエの幅広い活躍が素晴らしい!

すでに70代に突入している昭和歌手の中尾ミエ。パンチのある歌声、はっきりした性格でなんでもストレートに発言する性格はトレードマークにもなっています。

若い世代の人だと、中尾ミエって歌手だったの?と知らない人もいるかもしれませんが、近年はバラエティ番組やドラマなどの女優業としてあらゆるシーンで活躍されています。

昭和の強い女性のイメージがありながらも、高齢になった今も前進的な性格の持ち主。そんな素敵な昭和の歌手を代表する中尾ミエの魅力を振り返っていきましょう。

 

昭和の女優については、こちらの記事に書いてあります。
>>>昭和を飾った女優といえばこの人!懐かしい映画やドラマが蘇る!

 

生い立ちについて

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中尾ミエは1946年6月6日生まれの70代、高齢者の仲間入りをしたとは思えないほど精力的で、いつまでもさばさばした性格はお茶の間の皆さんを楽しませてくれます。

生い立ちは福岡県の小倉生まれ、実家は書店を経営しており兄弟はなんと6人。書店経営で失敗した父親に連れられて一家は上京します。精華学園中学時代に渡辺プロダクションにスカウトされた中尾ミエはスタンダートナンバーを歌うシンガーとして最初の頃は活躍していました。

 

スパーク3人娘の結成

出典:https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-62-eb/momonakai/folder/575803/89/27597289/img_1_m?1478798961

中尾ミエはいつもソロのイメージがありますが、デビューした当時は伊東ゆかり、園まりと3人で「スパーク3人娘」というトリオを結成しています。このグループは当時人気がブレイクしていたザ・ピーナッツの後釜として活躍が期待され「シャボン玉ホリデー」でクレイジーキャッツと共演するなど、一躍人気者になります。

スパーク3人娘はアメリカンポップスを得意として1962年~1965年は3人がセットで活躍する場面がとても多く、3人が司会を務めた「森永スパーク・ショー」という番組も話題になりました。スパーク3人娘は3人で映画出演をしたこともあり、「ハイハイ3人組」という主演作をはじめ、準主演作の「若い仲間たち うちらの祇園の舞妓はん」という作品で、ザ・ピーナッツと共演したことも。

紅白歌合戦にも出演し、3人がそれぞれの持ち歌を歌うなどグループとしては合計2回の紅白出演経験があります。スパーク3人娘は正式な音楽ユニットではなかったので、解散発表がなくいつのまにか活動終了という印象を受けた人は多いようです。

当時1970年にメンバーの伊東ゆかりが渡辺プロダクションから独立して、同じ時期に小柳ルミ子や天地真理などの別の3人組が誕生したことでいつの間にかお役目が終了したようです。

 

16歳でリリースした「可愛いベイビー」が大ブレイク!

出典:https://i.pinimg.com/originals/40/fd/e2/40fde2f6eb721e53ee5ee0fe0c13a506.jpg

昭和の歌手中尾ミエのヒット曲といえばだれもがまず思い浮かぶ「可愛いベイビー」がありますよね。この曲は中尾ミエのオリジナルでなく、1961年にコニー・フランシスが発表した作品だったことご存知ですか?このヒット曲は多くのカバー曲があり、日本では中尾ミエ以外にも沢リリ子、森山加代子、後藤久美子などもリリーズしています。

この大ヒットのおかげで20歳で都内に一軒家を購入して両親にプレゼントしたというお話は有名です。そのお宅の隣には自宅を建設し、さらに自己所有のアパートまで建ててビジネスもうまくいっているようです。

 

気が強くて喧嘩も負けない中尾ミエ!

出典:http://mv-gossip.up.n.seesaa.net/mv-gossip/image/_girls002_imgs_0_7_07e79865.jpg?d=a88710554

昭和の歌手の皆さん、個性が強い方はとても多いですよね。中尾ミエはよく和田アキ子と比較されることがありますが、中尾ミエは和田アキ子の先輩にあたりいまでもよくお世話になると和田アキ子が語ることもあります。気が強く歯に衣着せぬ物言いが特徴で、歌手だけでなくトーク番組でも、はっきりとコメントしてくれる気分の良さは見ていて楽しくなりますよね。

美川憲一に「和田アキ子と中尾ミエが喧嘩したら中尾が勝つ」と言われることもあり、かなり気の強さでは隣に出るものはなかったようです。そんな昭和のショービジネスの世界、相性が悪くていつも喧嘩していた相手が梓みちよ。

渡辺プロの社長の自宅を下宿先にしていた二人は取っ組み合いの喧嘩をすることもあったとか。スパーク3人娘の園と伊東は二人の喧嘩の仲裁をよくやっていたというエピソードもありますよ。

 

ヒット曲の数々と女優業

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可愛いベイビーがミュージック・ライフの邦楽売り上げのランキング1位になり、100万枚を売り上げ大ヒット。しかしヒット曲はこれだけでなく、1963年の涙のバースディ・パーティ、1963年のバイ・バイ・バーディ、1964年マイボーイ・ロリポップ、など歌手活動は1980年の後半までずっと続けられました。

同時に女優業についても、活躍は幅広くテレビドラマでは1975年の必殺シリーズのお春役やお歌役、刑事物語、水戸黄門、火曜サスペンス劇場や土曜ワイド劇場など様々な役柄で活躍されています。

バラエティ番組ではお笑いスター誕生!!をはじめ、わくわく動物ランド、世界・ふしぎ発見など、映画作品も非常に数多く、松竹のヒット映画、ドリフターズとの共演などもありました。

 

パートナーと結婚せずに幸せな独身女性

出典:http://www.tkma.co.jp/files/topics/5778_ext_16_0.jpg

中尾ミエは独身を貫く昭和の歌手の一人。ある番組でパートナーの存在を聞かれ、50年以上付き合っている人がいることを認めた中尾ミエ。「結婚は個人の関係だけじゃなくなるから」とコメントし、素敵な関係を維持していることを話していました。

昭和生まれで、結婚せずにパートナーと人生を過ごすのはとても珍しいことだと思いますが、中尾ミエはそんな今風な女性の人生を早くから送っていたのでしょうね。

現代の若い人のような結婚観を持つ中尾ミエ、男性に頼らず生きていける強さと、恋愛をうまく取り入れるバランスが素晴らしいです。デビューしてから徐々に洗練された女性になり、なんでも正直な意見を言える人で芯が強い女性だとよくわかりますね。

 

昭和の歌手は仕事もプライベートも充実して素敵だった!

昭和の歌手中尾ミエ、女優、コメンテーター、バラエティなど色々な魅力を披露してくれる素敵な女性。ちょっと気が強くて守ってあげたいというよりは、姉御的な存在で男性がつい甘えたくなるタイプなのかもしれませんね。

70代になった現在もおしゃれに隙がなく、いつまでも魅力を発揮している素敵な女性。年齢を全く感じさせないのは家庭の主婦としてどっぷりつかっていない緊張感があるためかもしれません。可愛いベイビーの曲を熱唱する中尾ミエ、いつまでも笑顔たっぷりで活躍してもらいたいです。

 

970年代を代表する美人については、こちらの記事をチェックしてみてくださいね。
>>>「1970年代を代表する美人」誰を思い浮かべますか?~美しすぎた昭和の女優たち~

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