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昭和の大スターといえば高倉健!すごすぎる俳優人生

昭和の大スターといわれてまず思いだす人のなかには、日本を代表する高倉健さんがいます。健さんの任侠映画を見た後、いかつい顔をして映画館から出てくる人がたくさんいるなんて言われるほど、私達にインパクトを与えてくれました。

高倉健さんはメディア嫌いでも有名なので、あまりプライベートな話が聞かれることって少なかったですよね。とてもクールで渋い俳優さんで、一度は健さんに恋をした女性は多いのではないでしょうか。そこで早速ですが、昭和の大スター高倉健さんの偉大さについて一緒に思い出してみましょう。

 

1970年代の美人については、こちらの記事に書いてあります。

>>>「1970年代を代表する美人」誰を思い浮かべますか?~美しすぎた昭和の女優たち~

 

プロフィール

高倉健さんは昭和6年2月16日生まれ。福岡県中間市出身で身長180㎝、体重71㎏、血液型B型、本名小田剛一。あまりにも芸名の高倉健というイメージが強く過ぎて、本名を聞いてもピンとこないですね。健さんはとても裕福な家の生まれてお父さんは旧海軍の軍人さん、お母さんは教員という環境で育ちました。

子供の頃はとても体が弱く肺を病んでいたこともありましたが、終戦を迎えて中学生になった頃からアメリカ文化に大変興味を持ち始め、英語の勉強やボクシングに夢中になっていたといわれています。それまで学校に存在しなかったボクシング部を作りかなり本格的に練習をしたおかげで、6戦1敗という記録も残っています。

英語好きだった健さんは小倉の米軍司令官の息子と親しくなり、高校時代にはESS部を作ったというエピソードも残っています。高校卒業後は明治大学商学部商学科に進学。この世代の人達で大卒というのは少ないので、健さんのお育ちの良さや賢さがわかりますね。

 

映画俳優になるまでの流れ

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健さんは大学時代に当時注目されていた美空ひばりの所属する新芸プロのマネージャーを目指し、喫茶店で面接を受けます。その時に居合わせた映画プロデューサーのマキノ光雄にスカウトされてことが俳優になるきっかけになったそうです。

東映ニューフェイスの第2期生として入社し、同期には岡田敏子さんや岡さとみさん、今井健司さんなどがいます。東映ニューフェイスはデビューする前の基礎レッスンやエキストラ出演などの6か月の修業があるのですが、当時の健さんは落ちこぼれと呼ばれるほどパッとしない存在だったとか。

芸名の「高倉健」という名前はスカウトしてくれたマキノ氏がつけたものです。でも本当は健さんは「忍勇作」という役名が好きでこの名前を希望したけど却下されたといういきさつがあります。映画デビューは1956年の「電光空手打ち」。東映は1960年ぐらいまで時代劇を主に制作していたので、健さんは美空ひばりや片岡千恵蔵などの映画にも助演として出演しています。

 

任侠映画が大ヒット

出典:http://pds.exblog.jp/pds/1/201208/30/18/c0083518_1791894.jpg

高倉健さんといえば任侠映画がお馴染みですが、ブームになり始めたのは1963年頃から。シリーズ化された映画も多く、高倉健さんの「日本侠客伝」が大ヒット。東映はブームがさりつつある時代劇からや任侠映画に方針を転換して次々と作品を発表しています。

1965年から始まった「網走番外地」では主題歌がヒットして200万枚を売り上げましたが、反社会的な歌詞が含まれているということで放送禁止になったということもありました。

「唐獅子牡丹」「愛のブルース」「挽歌」などいまだにカラオケで人気の曲もたくさんあり、俳優としてだけでなく歌手として違った才能で私達を魅了してくれました。

 

江利チエミさんの存在

出典:http://www.tapthepop.net/wp/wp-content/uploads/2014/11/extra_ken.jpg

高倉健さんは残念ながら2014年11月10日に都内の病院で悪性リンパ腫でお亡くなりになっています。このニュースを聞いた時は日本中の人達がショックを受けましたね。

昭和の大スターがまた一人消え時代の流れを否が応でも感じた瞬間です。健さんはとても口下手で恋の噂などがあまり世間に出ないタイプの男性ですよね。生涯愛したたった一人の女性は元妻の江利チエミさんと言われています。結婚したのが1959年で1971年に離婚してからそのあとはずっと独身を貫いているのです。

江利チエミさんとの結婚生活はお互いに忙しく一緒に過ごす時間が少なったため、健さんが仮病を装って病院に入院して江利さんを呼びよせたなんてお話も残っていますよ。

人には見せない情熱的な一面があるところが、女性ファンにはとても魅力的すね。離婚後恋の噂になったのは倍賞千恵子さんや、半同棲するほどまで熱烈だったのが女優の児島美ゆきさん。二枚目でモテモテなのにちょっと不器用なところがキュンとなる健さんの魅力ですよね。

 

さすがプロの役作り

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健さんの演じる役ってどの作品も観ている人が引き込まれる不思議な魅力がありますよね。撮影では基本的にワンテイクしかとらせないというこだわりがあり、瞬間の心情をとても大切にしていました。

普段から筋トレやジョギング、ストレッチを日課にしてストイックに身体作りを行い、朝起きるとすぐにマウスピースを噛んで脳に刺激を与える習慣があったそうです。

健さんは映画の中でもタバコを吸う渋い役柄が多かったですが、実際も1日80本ほど吸うヘビースモーカーでもありました。

しかし健さんのすごいところは、映画「八甲田山」の成功の願掛けのため禁煙をはじめ、それ以来ピッタリタバコをやめています。俳優としての生き方にとてもこだわりを持っている本物のプロなんですね。

 

数々の受賞歴

出典:http://明日の話題速報.com/wp-content/uploads/2014/11/shiju.jpg

健さんは「八甲田山」「動乱」「駅STATION」を始め、日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞を何度も受賞しているだけでなく、エランドール賞・ブルーリボン賞・報知映画賞・モントリオール世界映画祭・アジア太平洋映画祭など、世界的にも大変評価をされ数々の受賞歴があります。1998年には紫綬褒章・2006年の文化功労者・2013年の文化勲章の受賞もされています。

 

昭和の大スター、健さんのクールな笑顔が恋しい!

昭和の大スター、高倉健さんが私達に残してくれた数々の名作は日本の文化のひとつです。「幸福の黄色いハンカチ」で見せてくれたシャイな役柄は、実際の健さんそのままの魅力なんですね。コーヒーを飲んで夜更かしが好きだったという高倉健さん、プライベートがまったくわからないところもさすがプロの役者根性だったのでしょう。

 

・八千草薫
・吉永さゆり
・浅野温子
などについては、こちらの記事をチェックしてみてくださいね。

>>>昭和を飾った女優といえばこの人!懐かしい映画やドラマが蘇る!

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