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昭和のプロレスに欠かせない外国人プロレスラーの存在

力道山、ジャイアント馬場、アントニオ猪木など昭和を熱く盛り上げたプロレスブームに欠かせない存在たっだ外国人プロレスラー。

昭和に活躍した外国人プロレスラーを懐かしんでみましょう。

 

昭和のプロレスラーについては、こちらの記事にも書いてあります。
>>>昭和のプロレスを覚えていますか?その当時の日本人プロレスラー

 

アブドーラ・ザ・ブッチャー

出典:http://www.showapuroresu.com/bio/a/photo/Abutcher1.jpg


「黒い呪術師」の異名で悪役(ヒール)として1970年代から長く活躍した昭和を代表するレスラーの一人。ブッチャーといえば流血が代名詞でした。

アフリカのスーダン出身ということになっていたが、実際はカナダ出身であり1961年にデビュー。

ジャイアント馬場の敵役として欠かせない存在でした。ブッチャーの地獄突きに対し、ジャイアント馬場は脳天唐竹割りで応戦しブッチャーの額が流血するシーンが度々ありました。

特にブッチャーがテリー・ファンクの右腕をフォークで突き刺し大流血するシーンは衝撃的でテレビ画面を直視できないほどのショックな出来事。

「地獄突き」「ヘッドバット」「毒針エルボー・ドロップ」などが得意技で、「凶器攻撃」はお決まりの反則技で対戦相手に取り上げられて反撃されることもよくありました。

 

アンドレ・ザ・ジャイアント

出典:http://stat001.ameba.jp/user_images/65/2e/10005010315_s.jpg


「人間山脈」や「一人民族大移動」などの異名をとったアンドレ・ザ・ジャイアントは巨人レスラーとして有名で身長が2m23cmありました。フランス出身で1964年にデビュー。

得意技は「ジャイアント・プレス」「ヒップ・ドロップ」「エルボー・ドロップ 」「カウンターキック」「ハイアングル・ボディスラム」などで、巨体を生かした技は威力満点。

巨体のアンドレ・ザ・ジャイアントに投げ技を掛けることはとても難しく、ボディスラムを成功させると観客は熱狂しとても盛り上がりました。アントニオ猪木やスタン・ハンセンらとの死闘は名勝負でした。ジャイアント馬場(2m8cm)とのタッグ「大巨人コンビ」は迫力がありましたね。

 

スタン・ハンセン

出典:https://pbs.twimg.com/media/CfwhHW6UAAAKBsO.jpg


カウボーイハットがトレードマークで太いロープを振り回しながら入場。指で牛の角の形をして高く突き上げながら「ウィー!」という雄叫びがカッコよく、人気と実力を兼ね備えていました。よく「ウィー!」と真似をしてブロレスゴッコをしました。

アメリカのテキサス出身、テリー・ファンクに誘われプロレスの世界に入り1973年にデビュー。アメリカンフットボールで鍛えたパワーと強さは「不沈艦」や「ブレーキの壊れたダンプカー」などと呼ばれました。

1976年にWWWFヘビー級チャンピオンのブルーノ・サンマルチノの首を負傷させたことでクラッシャーとして有名になり、アメリカでの対戦を敬遠され主戦場を日本のリングに。

数々のレスラーをマットに沈めてきた一撃必殺の「ウエスタン・ラリアット」はあまりにも有名でスタン・ハンセンの代名詞でした。

「超獣コンビ」や「ミラクルパワーコンビ」と呼ばれたブルーザー・ブロディとの夢の最強タッグは圧倒的な強さでとても人気がありました。

 

ブルーザー・ブロディ

出典:http://dengekionline.com/elem/000/000/962/962532/gh_02_cs1w1_298x.jpg


毛皮を巻いたレスリングシューズを履き、チェーンをブンブンと振り回して荒々しく入場する姿はとても迫力があり、テレビ画面を通してもちょっと怖かったですね。

スタン・ハンセンやザ・ファンクスと同じテキサスの州立大学出身でアメリカンフットボール選手からプロレスに転身し1973年にデビュー。

「超獣」や「キングコング」と呼ばれる野性的な強さと「インテリジェント・モンスター」と呼ばれるクレバーな一面を併せ持っていました。

得意技は「キングコング・ニードロップ」「キングコング・キック」「ギロチンドロップ」「ドロップキック」などで巨体ながら飛び技もでき、歴代最強と言う人もいるほど強いレスラーでした。スタン・ハンセンとのタッグ「超獣コンビ」は今でも忘れられません。

1988年にプエルトリコでの事件は衝撃でした。42歳の若さで刺殺による急死は残念でなりません。

 

ハルク・ホーガン

出典:http://www.showapuroresu.com/cover/200901.jpg


「イチバァーン!」と叫び、右手人差し指を突き上げるお決まりのポーズがトレードマーク。アメリカのフロリダ出身で1977年にスーパー・デストロイヤーという覆面レスラーとしてデビュー。ボディビルで鍛え上げられたマッチョレスラーで「超人」と呼ばれました。

1979年に「超人ハルク」にあやかりハルク・ホーガンとリングネームを変更。「マディソン・スクエア・ガーデンの奇跡」と評されるデビュー20連勝で有名になり、1982年には映画『ロッキー3』に出演もしています。

必殺技の「アックスボンバー」は破壊力満点で、1983年にアントニオ猪木を失神KOさせたIWGP決勝は伝説の試合となっています。

 

ミル・マスカラス

出典:https://ojisan777.net/wp-content/uploads/2015/04/2015y04m23d_174811004.jpg


ジグソーの『スカイ・ハイ』の曲とともに颯爽と入場。覆面レスラーといえばミル・マスカラスというほど有名でとても人気がありました。メキシコ出身で1965年にデビュー。

リングネームはスペイン語で「千の仮面」という意味で、実際に試合ごとにマスクを変えることが多く「千の顔を持つ男」や「仮面貴族」と呼ばれました。

「ダイビング・ボディアタック」や「フライング・クロスチョップ」などの空中殺法を得意とし、華麗なレスリングはカッコよく大好きなレスラーでした。弟ドス・カラスとの兄弟覆面タッグも連係技が華麗でしたね。

 

ザ・デストロイヤー

必殺技「足4の字固め」で人気があった覆面レスラー。和田アキ子やせんだみつお司会のバラエティー番組にも出演しユニークなキャラで人気がありました。

 

テリー・ファンク

兄ドリー・ファンクJr.との「ザ・ファンクス」は人気があり、必殺技は「スピニング・トーホールド」。ブッチャーやザ・シークとの流血試合は壮絶でした。『キン肉マン』のテリーマンのモデルです。

 

カール・ゴッチ

プロレスの「神様」といえばカール・ゴッチ。「ゴッチ教室」や「ゴッチ道場」で多くの日本人レスラーを育成したことでも知られています。

 

フリッツ・フォン・エリック

「鉄の爪」と呼ばれ、強烈な握力で繰り出す「アイアンクロー」で顏面や腹部を握りつぶさんばかりの攻撃に相手が悶絶するシーンは印象的でした。

 

フレッド・ブラッシー

「銀髪鬼」や「吸血鬼」と呼ばれ、「噛みつき攻撃」があまりにも有名で世界に衝撃を与えました。ヤスリで歯を研ぐシーンはインパクトがありました。

 

タイガー・ジェット・シン

頭にターバンを巻き、サーベルで威嚇して入場した悪役レスラー。アントニオ猪木のアームブリーカーで腕を折られるなど二人の因縁の対決は凄かった。

 

印象に残る外国人レスラーが多かった

圧倒的な体格や強烈なパワー、悪役(ヒール)に徹し切るなど個性的で印象に残る外国人レスラーが多かった昭和のプロレスが懐かしいです。

マッハ文朱
ビューティ・ペア(ジャッキー佐藤・マキ上田)
ジャガー横田

などについては、こちらの記事をチェックしてみてください。
>>>昭和の女子プロレスを盛り上げた女子プロレスラーたち

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アキラ

昭和を長く生きてきたので、皆さんと一緒に昭和を懐かしめたら嬉しいです。

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