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80年代の夏の歌!太陽がさんさんと降り注ぐなかで聴きまくった想い出の曲

80年代の夏の歌を聴けば、あの頃やたらと海やプールに出かけたことを思い出します。暑いギラギラした太陽の下、さらに夏を感じさせてくれる80年代にヒットした夏の歌は、ミドルエッジにとって青春時代の象徴ですね。

昭和の夏といえばとうもろこしとスイカを食べながら昼寝をした子供時代。そして大人になってからはビヤガーデンで冷たいビールをごくり。こんな夏を思いだすのが80年代の夏の歌です。

皆さんの思い出の中ではどんな曲が頭に流れてきますか。夏がやってくる前から夏の歌で盛り上がった若い時代。あの時のエネルギッシュな生活がちょっと懐かしいですね。

 

80年代のファンクについては、こちらの記事に書いてあります。
>>>80年代のファンクを聴きながら楽しく一日を過ごしてみない?

 

斉藤哲夫 いまのキミはピカピカに光って

出典:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/519ZHz2XxpL.jpg


日本を代表するフォークシンガー斉藤哲夫が1980年にリリースした「いまの君はピカピカに光って」は、テレビCMで大ブレイクした80年代の夏の歌です。この曲は誰が歌っているのか当時知らない人もたくさんいたと思いますが、曲を聴くとミノルタカメラの宮崎美子のCMはすぐに結びつきましたよね。

この曲は最初はCMソングだったので流れるサビの一節しか企画されていなかったとか。CMで宮崎美子が大ブレイクしたおかげで、この曲もヒットしその後歌詞とメロディーをつけ加えてシングル化したという背景があるんです。

EPレコードのジャケットにも宮崎美子の写真が使われるなど、あの頃は木陰でビキニ姿に着替えるシーンはとても流行しましたね。

CMと曲がヒットしましたが、果たして肝心なカメラの売上にはメリットになったのか、いまさらながらちょっと気になります。

 

南佳孝 モンロー・ウォーク

出典:https://smlycdn.akamaized.net/data/product2/2/372244896c1788c8fde5201edf76550ff2217568_l.jpg


80年代の夏の歌で「モンロー・ウォーク」を覚えていますか。79年に発表された曲ですが80年代以降毎年夏の歌としてお馴染みに。この曲は郷ひろみが「セクシー・ユー」という曲で歌詞と曲名を変えてカヴァーしています。とても夏っぽい歌で、歌詞のように「つま先立てて・・」海に行く様子はとてもリアルに季節を感じますね。

南佳孝は子供の頃から兄弟の影響を受けて洋楽をたくさん聴いて育ったようです。中学生になるとバンドを結成して、72年のテレビ番組「リブ・ヤング」のシンガーソングライターコンテストで3位になったことがきっかけ。

シンガー、プロデューサー、映画音楽やナレーションなども手掛けるとてもマルチな人です。モンローウォークってどんな感じなのか、当時は歌を聴きながら不思議になりました。

 

大瀧詠一 君は天然色

出典:http://img15.shop-pro.jp/PA01239/479/product/98915824.jpg?cmsp_timestamp=20160215191637


80年代の夏の歌なら大瀧詠一。アルバムジャケットのヤシの木のデザイン、ブルーの海、オープンカーなんてイメージがとても強いですが、この曲は大瀧詠一の7作目のシングルとしてリリースされました。

このシングル曲のB面の曲が「カナリア諸島にて」というまたなんとも夏風な感じですが、人気のこの曲はその後数々のアーティストにもカバーされています。

大瀧詠一は岩手県の出身で、お母さんが教師だったので引っ越しも何度か経験してあちこちで幼少期を過ごしています。80年代は作曲家としても活動が盛んになり、86年は大ファンであったクレージーキャッツの30周年記念を手掛けるなどシンガー以外でも忙しく活動をしていました。

残念なことに2013年に自宅で食事中に倒れ亡くなっています。都内で営まれた葬儀では未発表の曲が流れ、棺は細野晴臣、鈴木茂、松本隆の3人によって抱えられたそうです。

 

石川優子 シンデレラサマー

出典:http://www.e-onkyo.com/img/album_big/ymp0011.jpg


80年代の初期にリリースされたこの曲は海に行くのが待ちきれなくほど夏っぽい曲でしたね。歌番組で笑顔全開で歌っている石川優子の姿が今でも鮮明に焼き付いています。この曲は81年3月に発売され、JALの沖縄キャンペーンソングとして起用されています。

また石川優子のヒット曲としてお馴染みなのが、84年にチャゲとコラボした「ふたりの愛ランド」もヒットしましたね。日本のアーティストのなかには夏になると急がしくなるグループやバンドがいますが、石川優子も80年代の夏の歌では欠かせない存在です。

この曲は自身のオリコンチャート10位に初めてランクインした曲。海の家に行くと昔は必ずといってほど流れていた曲でした。

 

研ナオコ 夏をあきらめて

出典:http://d.hatena.ne.jp/images/diary/u/uchikoyoga/2011-05-11.jpg


この曲はご存じのようにサザンオールスターズが1982年7月にリリースしたものを、研ナオコが同じ年にカバーした曲です。サザンヴァージョンがいいか、研ナオコヴァージョンがいいかきっと意見はわかれるかもしれませんが、けだるく歌う研ナオコの曲もとても個性的で素敵ですね。

ギラギラしたエネルギッシュな80年代の夏の歌では、しっとりと夏の終わりを感じるような曲調が特徴。歌のなかに登場する「Pacific Hotel」とはどんなところなのか、茅ヶ崎までわざわざドライブして探した経験があります。

サザンの桑田さんは若い頃にこのホテルでアルバイトを経験したことがあるとか。海辺沿いのホテルってとても夏っぽくて素敵ですが、ひと夏に起こるいくつものストーリーはきっと皆さんいろいろ思い出があることでしょう。

 

山下久美子 赤道小町ドキッ

出典:http://blog-imgs-79.fc2.com/t/a/d/tadahikostar/20150810-1.jpg


赤道小町ドキッは82年にリリースされた山下久美子の6作目シングル。80年代の夏の歌のとして印象が強いのは、この曲がリリースされた同じ年の夏に、カネボウ化粧品のキャンペーンイメージソングとしてテレビでよく流れていたせいでしょう。

山下久美子は80年にデビューをしてこの曲が最初の大ヒット曲。おかげでライブでは観客が総立ちになり「総立ちの久美子」という名前が付くほど。作詞家は松本隆、作曲は細野晴臣というヒットメーカーが手がけた曲で、山下久美子の可愛い声がぴったりはまる曲です。

この曲にまつわるエピソードとして、実は曲はかなりぎりぎりに出来上がったという話があるんです。作詞が先に出来上がり曲部分はレコーディングの当日でも完成していなくレコーディングが延期がされる中、ドラム担当の高橋幸宏とギターアレンジ担当の大村憲司の3人でなんとか完成させたということです。

 

80年代の夏の歌は海辺のBGM!

80年代の夏の歌を聴くととても小麦色の肌が懐かしくなりますね。昔は今ほど美白について気にする人が少なかったような気がしますが、丘サーファーなんて言葉があったように、ただ砂浜でサーファーの真似をして日焼けをしている人もいましたね。そんな懐かしい風景とともにぜひ夏の歌を楽しんでください。

 

ロックバルーンは99 ネーナ
カーマは気まぐれ カルチャー・クラブ
ニューソング ハワード・ジョーンズ
などについては、こちらの記事をチェックしてみてくださいね!
>>>80年代音楽シーンの洋楽ヒット!懐かしいけど新鮮な曲たち

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