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昭和のヒット曲で思い出すのはどんな曲ですか?(1970年代特集)

昭和のヒット曲で70年代といえば多くの曲がありますが、どの曲が好きですか?たくさんのヒット曲がある中でも、思い出深く今でも歌詞を覚えているものについて、ご紹介していきましょう。

 

80年代のヒット曲について次の記事に書いてあります。

>>>80年代のヒット曲は歌詞も曲も心に響くものが多かった!

女のみち/宮史郎とぴんからトリオ

出典:https://auctions.c.yimg.jp/images.auctions.yahoo.co.jp/image/dr233/auc0303/users/9/9/0/5/aizwhome_1916-img600x600-1460895405hniqix11843.jpg


1972年に発売された、ぴんからトリオのデビューシングルです。作詞は宮史郎で作曲は並木ひろしです。この曲は72年と73年にとても売上のあった曲。

なぜこの曲がこんなに売れたんだろう?と思う人もいたようですが、元々は売れないお笑いトリオが300枚だけを自主制作したもの。コントをキャバレー巡りして披露していました。その頃ホステスさんたちに無料で配布したところ、水商売の女性たちの間で大人気に。

更には、『8時だョ!全員集合』の中で、加藤茶がコントの中で毎回この曲を歌っていました。子供たちにとっては、このインパクトが強く、女のみちを買って人気者になろうとしたのです。これらの影響が強かったため、この曲はかなりのヒット曲に。

 

別れの朝/ペドロ&カプリシャス

出典:http://s1.dmcdn.net/BEUev.jpg


1971年にリリースされたペドロ&カプリシャスのメジャーデビューシングルです。現在でも、ペドロ&カプリシャスの代表曲になっています。

元は、オーストリアの歌手ウド・ユルゲンスの曲のカバー。原曲の歌詞となかにし礼の日本語歌詞にはかなり違いがあります。最初は初代ボーカルの前野曜子が歌いました。そしてペドロ&カプリシャスの最大のヒット曲に。

その後2代目ボーカルの高橋まり(現在の高橋真梨子)や3代目のボーカルの松平直子以外にも、多く歌手がこの曲の日本語歌詞をカバーしているため、とても有名な曲になりました。

情景が浮かんでくる切なすぎる歌詞に、感動した人もいたでしょう。別れの朝に二人が何を思い、どんな気持ちで過ごしているのかを想像させてくれるような歌詞です。

 

喝采/ちあきなおみ

出典:http://orikarapoponta.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_23d/orikarapoponta/E5969DE98787-32281.jpg


1972年に発売された13枚目のシングルです。亡くなった恋人との過去を思い出しながら、それでも今日も自分は、恋の歌を歌い続けるという歌詞に女性の心の強さを感じて、とても心に響きます。

ちあきなおみの表現力は、とても素晴らしいものがありドラマを観ているように引き込まれた人も多かったのではないでしょうか。ちあきなおみは、自分の過去の経験とこの曲の歌詞が似ていたので「この歌は歌いたくない…」とマネージャーに言っていたそうです。

でもだからこそ、この歌をしっかりと自分のものに出来るぐらいに、深く唄うことが出来ているのかもしれませんね。

 

心の旅/チューリップ

出典:http://www.from68.com/PIC2/P_TULIP_KOKORONO_TABI.jpg


1973年に発売された3枚目のシングルです。デビューしてからシングルとアルバムを2枚ずつ出してもヒットをしませんでした。もし3枚目のこの曲が売れなかったら、福岡に帰るという話も出ていたそうです。

リーダーの財津和夫が、上京する直前の思いを元に書かれた歌詞です。メインボーカルは姫野達也が担当しました。発売から約5カ月でオリコンシングルチャート1位に。結果としてチューリップの最大のヒット曲になりました。

多くのアーティストがカバーして愛される楽曲に。大切な女性を置いて行かなければいけない男性のやるせない思いが、歌詞に綴られています。旅立たなければいけないけれど、ポケットに入れてでも、連れ去りたい…と思う切ない愛情が溢れる歌ですね。

 

シクラメンのかほり/布施明

出典:https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-20-73/rahyale/folder/913140/84/24996084/img_0?1218837428


1975年に貼売されたシングルです。第4回東京音楽祭に出場したことがきっかけとなり、大ヒットしました。オリコンチャートでも、布施明にとって唯一のミリオンセラーを記録したのです。

作詞作曲は小椋佳。シクラメンのかほりの人気が出たことから、シンガーソングライターとしての小椋佳の注目度も高まりました。真綿色、うす紅色、うす紫と様々な色が歌詞に出てきます。

視覚だけではなくて、かほりを感じさせてくれる素晴らしい曲ですね。シクラメンに、大切な女性の色々な姿や面影を重ね合わせている男性の姿が、曲を聴いていると浮かんできます。

ギターを弾きながら熱く唄う布施明の姿に、心を打たれた人も多かったはず。

 

港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ/ダウン・タウン・ブギウギ・バンド

出典:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/412HR4WFC7L.jpg


1975年に発売された4枚目のシングルです。作詞は当時既にバンドのボーカルで作曲者でもあった宇崎竜童の妻の阿木曜子です。阿木曜子の作詞家としてのデビュー曲。神奈川県のご当地ソングとしても有名です。

「アンタ、あの娘(コ)のなんなのさ!」というセリフはインパクトが強く、流行語にもなりました。元はB面として発売された曲ですが、発売前に人気が急上昇。発売1か月前には、この曲をA面にしました。結果としてミリオンセラーになったのです。

 

チャンピオン/アリス

出典:http://i.imgur.com/CdqolPS.jpg


1978年に発売された14枚目のシングルです。アリスのシングルでは唯一のオリコン1位で、最大のヒット曲に。ボクシングのチャンピオンが若い挑戦者に敗れてゆく姿を表現した、とても熱い曲です。曲に出てくるディフェンダーのモデルは、その頃に活躍していたカシアス内藤。アリスの良さが最大限に出ているように感じました。

(You’re king of kings)の部分が、更にこの曲をカッコいいものにしていたように思います。男の強さだけではなくて哀愁も感じさせるこの曲は、今でも人気があり、人々の心にあるのでは。

 

渚のシンドバッド/ピンクレディ

出典:http://colorist.sitemix.jp/eps/sv6229.jpg


1977年に発売された4枚目のシングルです。ピンクレディにとっては初のオリコン調べでのミリオンセラーになりました。デビューシングル「ペッパー警部」は出荷ベースではミリオンセラーのヒットをして、ここから「S・O・S」「カルメン’77」とオリコン1位を記録する大ヒットに続きます。

ピンクレディの楽曲の多くは作詞が阿久悠、作曲は都倉俊一が手がけました。「ウォンテッド」「UFO」「サウスポー」「モンスター」「透明人間」「カメレオンアーミー」と次々にヒットを飛ばしました。その後も人気と勢いは更にヒートアップ。

ピンクレディの斬新な踊りや衣装、そしてミーちゃんとケイちゃんのそれぞれの個性も素敵でした。70年代のヒット曲と聞いて、ピンクレディの曲が浮かぶ人は一番多いでしょう。

 

昭和のヒット曲は、ヒットしたことに納得できる曲ばかり

昭和のヒット曲の70年代特集をお届けしてきました。この曲がヒットしたのは当然!と思えるような曲ばかりだと感じます。

皆から愛されながら、たくさんの人を元気づけたり感動させてくれたりした昭和のヒット曲。これからも語り継がれそして歌い継がれていくことでしょう。

 

・かもめが翔んだ日や
・時に過ぎゆくままに
などの曲はこちらに詳しく書いてありますので、読んでみてくださいね!

>>>1970年代の曲はカラオケでよく歌われている!名曲揃いの1970年代

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mayu

mayu

ライター歴8年です。
昭和だからこその魅力を少しでもお伝えできればいいなと思います。
どうぞ宜しくお願い致します。

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