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70年代のソウルミュージック界で活躍した人気グループ大集合!

70年代のソウルミュージックは50年~60年にかけて流行ったゴスペルやブルースから生まれた黒人音楽のジャンル。日本でも有名なアーチストやポピュラーな曲がたくさんあります。70年代のソウルミュージックは体や頭で覚えすいリズムが特徴ですが、激しいラップ音楽よりもソウル系の方がなんとなく落ち着くなんていう大人はとても多いと思います。

では早速ですがマニア達が大絶賛する、70年代ソウルミュージックのグループアーチストを集めてみました。アメリカの「懐メロ」を早速見ていきましょう。

 

70年代のディスコヒット曲については、こちらの記事に書いてあります。
>>>70年代のディスコヒット曲!ファンキーな大人が喜ぶのはどれ?

 

クール・アンド・ザ・ギャング

出典:http://www.mesmusiciens.ca/attachments/Image/kool-and-the-gang_4.png?template=generic


日本のディスコでも良く流れた歌がたくさんあるこのグループはニュージャージー州で1969年にデビュー。1973年にリリースした「ファンキー・スタッフ」がビルボード誌で29位となり初めてのトップ50入りをしたことでブレイクしていきます。

日本でも大ヒットした映画サタデーナイトフィーバーのサントラ版にも曲を提供するなど、70年代はグループの基盤となる活動が色々ありましたね。日本で有名になるのは80年代になってからの曲で最大のヒット曲といわれる「セレブレーション」は2週連続で1位を獲得するなど、当時のパーティーやディスコなどでは必ずといって程流れた曲ですよね。

ボーカルは何人も変わっていますが、79年に加わったジェームス・JT・テイラーがその後のグループの流れを変えたといってもよいでしょう。トップ10入りした曲は合計で12曲、ソウルミュージックを語るには外せないグループですね。

 

スタイリスティックス

出典:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/83/The_Stylistics_on_Soul_Train_1974.jpg


68年に結成されたフィラデルフィア出身のグループで71年に初アルバムをリリース。5人のステップがきっちりあっているパフォーマンスは70年代のソウルミュージックを思い出させてくれます。日本でもヒットした「愛がすべて Can’t give you anything」はイギリスではダブル・プラチナになるほどで多くのアーチストがサンプリングをしています。

74年以降はアメリカのディスコブームに合わせて、イージーリスニング系の曲が増え路線変更をしていきます。ソウルミュージック自体人気が低迷していくなか、スタイリスティックスは色々な曲を70年代に発表していますが、トップ50入りするのは74年が最後になってしまいました。

日本へ来日した回数はとても多く、80年代以降はメンバーの交代を繰り返しながらも地道に現在に至るまで活動を続けています。

 

スライ&ザ・ファミリーストーン

出典:http://renote.jp/uploads/image/file/15340/Sly-family-stone-1969-promo.jpg


サンフランシスコを拠点に60年~70年代にかけて活動をした人気ソウルミュージックのバンドグループ。ファンク系としていまだにマニアが絶賛していますが、ヒット曲は60年代の後半にとても多くリリースされました。「エブリデイ・ピープル」は偏見に対する強いメッセージを込めた曲でバンド初めてのナンバーワン曲。しかしバンドのリーダー、スライ・ストーンはドラッグに侵されて徐々に音楽界からも離れてしまいます。

そもそもドラッグを始めるきっかけとなったのが、当時ブラックパンサーと呼ばれる黒人自立団体から曲の内容を変えるように圧力をかけられたことが理由と言われていますが、70年代のソウルミュージックは社会背景や政治思想なども込められ色々な意味で注目されていましたね。

最近の日本では2008年の東京JAZZ2008で公演を行っています。

 

ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツ

出典:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/41MsDVSJvYL.jpg


グループの全盛期は72年~76年にかけて。結成されたのが1954年ととても古くリードボーカルのハロルド・メルヴィンは日本でもお馴染みですよね。名曲のひとつが72年にリリースされた「if you don’t know me by now」はビルボードのR&Bチャートで1位を獲得。73年にリリースした「The love I lost」「I miss you」などのラブソングも大変ヒットしましたね。

ディスコブームが訪れた70年代後半には「Don’t leave me this way」というノリノリな曲もリリースし、ポップスチャートで1位を獲得しています。オリジナルのメンバーはすでに亡くなっている人も多く、ボーカルのメルヴィンは97年に57歳という若さで他界しています。

このグループからはバラードの王様ともいえるテディ・ペンダーグラスも誕生しています。

 

オージェイズ

出典:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/512Fne8NhiL._SX355_.jpg


日本では72年頃から人気が出始めた3人組ソウルミュジーックのグループ。「ラブ・トレイン」が日本でもヒットしたシングル曲のひとつ。アメリカでは「ship ahoy」「サバイバル」などが70年代のヒット曲として有名ですね。

このバンドのリーダー、エディ・レバートの息子、ジェラルド・レバートも80年代からR&Bソロシンガーとして活躍し、スローなラブソング系で大ヒットしています。甘い歌声でお父さんとはちょっと違った路線でしたが日本でもファンがとても多いですよね。

息子のジェラルド・レバートはお父さんよりも早く2006年に亡くなり大変ショックを受けた人も多かったようです。親子ともども70年代ソウルミュージックから80年代以降のブラックミュージックには大変貢献されましたね。

 

ザ・スピナーズ

出典:https://i.ytimg.com/vi/YXQ1Ck06_bc/maxresdefault.jpg


70年代のソウルミュージックで忘れてはいけないのがスピナーズ。グラミー賞最優秀リズム・アンド・ブルース・パフォーマンス賞のグループ部門を受賞するなど高評価されています。1954年に結成したデトロイト出身の5人組グループで73年にリリースした「マイティ・ラブ」76年の「ハピネス」などが日本でもヒット。

72年にアトランティックと契約を結んだことから次々とヒット曲も増え、72年に発表した「スピナーズ」というアルバムからはトップ10入りしたシングルカットが2曲もありました。このアルバムを出してからは70年代を代表するソウルミュージックグループとして注目され現在でも地道に活動を続けています。

2011年にはロックアンドロールホールオブフェイムの最終ノミネート15組にも残っています。

70年代ソウルミュージックで懐かしの洋楽に浸ってみませんか?

昭和の日本の懐メロもいいけれど洋楽ファンなら70年代のソウルミュージックもノスタルジックな思い出が色々あることでしょう。のんびりと一人で音楽鑑賞する時にぜひ聴いてみてくださいね。

 

ミニー・リパートン ラヴィング・ユー
ザ・シャイ・ライツ Oh Girl
ザ・ビートルズ レット・イット・ビー

などについては、こちらの記事をチェックしてみてくださいね!

>>>70年代のヒット曲の中の洋楽バラード特集!一人で聞きたいのはこの曲で決まり!

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マリコ

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