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80年代はバンドブーム!あなたが聴き続けているバンドの音楽は?

80年代はバンドブームと呼ばれていました。その中でも、記憶に強く残り今でもこのバンドの曲を聴いている!と言う人は多いのではないでしょうか。80年代に登場した人気バンドについて、お伝えしていきましょう。

 

BOØWY

出典:http://i.ytimg.com/vi/-5w4dFF8xP0/maxresdefault.jpg

1981年に結成をして、1987年に解散をした人気バンドです。最初は「スピニッヂ・パワー」というバンドを脱退して帰郷をしようとしていた氷室京介が、RCサクセションのライブを観て、新しいバンドを結成することを決意したところから始まります。

布袋寅泰に連絡をして再会した後には、松井恒松が加入し、深沢和明、諸星アツシが加入したのです。更にはサポートメンバーとして木村マモルを迎えて、ついにメンバーが揃いました。

1982年に「BOØWY」に改名されました。そしてこの年の10月に深沢と諸星が脱退。氷室と布袋と松井と高橋の4人編成になったのです。

BOØWYの最初のシングルは「ホンキー・トンキー・クレイジー」です。ここからどんどんシングルを発売していきました。BOØWYは当時のロックバンドのアルバムとしては異例のミリオンセラーを6枚目のアルバム「PSYCHOPATH」で記録しています。

80年代のバンドと聞いて、一番にBOØWYの存在を思い浮かべる人が多いのは、多くの素晴らしい楽曲を生み出して、外見的にもとてもカッコ良かったから。コピーバンドをする人がとても多かったですよね。

 

REBECCA

出典:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51GsyBaACNL.jpg

1984年にシングル「ウェラム・ボートクラブ」でデビューしました。翌年に発売した4枚目のシングル「フレンズ」が大ヒット。それから後も「RASPBERRY DREAM」「MOON」など、ヒット曲が続きます。

1人の女性ボーカルと他の男性が楽器担当という構成は、当時の日本の音楽シーンでは珍しいものでした。特にボーカルのNOKKOの独特で魅力ある歌声は楽曲にも合っていて、他には真似出来ないような個性を感じさせてくれましたよね。

名曲が多いREBECCAですが、バラードやアップテンポの曲など様々なナンバーをお洒落に、そして熱く歌っている姿にREBECCAのファンになった人も多いと思います。

バンド名の由来は、初代リーダーの小暮武彦が、小説「黒い瞳のレベッカ」から命名したものです。

 

BARBEE BOYS

出典:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51i1Gk22CtL.jpg

ツインボーカル編成の男女5人組のバンドです。KONTA(近藤敦)と杏子の男女混声ツインボーカルは、当時かなり稀なものでとても新鮮でした。

女性を含んでいるのに、なぜBOYS?と思う人もいるかもしれません。それは杏子が加入するまではメンバー全員が男性だったからと言われています。楽曲は男女の会話のような内容や、男女のツインボーカルだからこそぴったりくる歌詞が多かったです。

この独特なカラーは、多くのアーティストに影響を与えました。曲もとてもカッコいいものが多いので、CDをたまに聴いて「やっぱりいいなぁ」と思うほど。

デビューシングルは「暗闇でDANCE」。そして「女ぎつねon the Run」は、三ツ矢サイダーのCMソングに起用されました。この後にも魅力的な曲を多く発表して、アルバムにもBARBEE BOYSの世界がたっぷり入っています。

 

米米CLUB

出典:http://blog-imgs-102.fc2.com/n/a/2/na2ka4/kome-kome-club.jpg

元は文化学院のサークル仲間だった石井竜也、小野田安秀、大久保謙作らによって卒業後に結成されました。正式メンバーのダンサーチームは「SUE CREAM SUE」。他にもインストバンドである「BIG HORNS BEE」を筆頭にして、多くのサポートメンバーと共に歌う豪華なバンドというイメージ。

コンサートごとに違うサポートミュージシャンが参加することもあったため、コンサートに行くとそのたびに違う米米CLUBを見られる!と言われていた時期もありました。まるでパーティのようなコンサートの中でも、石井竜也の澄んだ声や歌唱力はとても光っていました。

米米CLUBの曲は、彼らだから歌えると思うほどとても個性の強いものが多いです。ノリの良いものだけではなくて、バラードがあったり、これぞJPOPと言えるようなものも印象的ですね。様々な表情を見せてくれるのも、米米CLUBの魅力と言えるでしょう。

 

プリンセス プリンセス(PRINCESS PRINCESS

出典:https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/51w-qeMjYnL._SL500_.jpg

ガールズバンドのパイオニアとなってヒット曲を多数発表しています。女性のみのバンドでは、商業的に日本で最も成功したバンドと言われているほどの人気。プリプリと呼ばれて、人々からとても親しまれています。

メンバーそれぞれの個性も魅力のひとつですよね。最初のバンド名は赤坂小町でした。そしてバンド名をJULIAN MAMAに改名しました。この頃は、シングルやアルバムのリリースはありませんでした。1986年の5月にはバンド名をプリンセス プリンセスと改名したのです。

1987年にファーストシングル「恋はバランス」が発売。この後に3枚目のシングル「MY WILL」がスポーツ用品店のCMソングに起用されてから、注目を集めるようになりました。

更には「19 GROWING UP –ode to my buddy-」をリリースしてから、どんどん人気が出てきたのです。多くの名曲は今でも人々の心の中にあり、時には聴いている人も多いでしょう。様々な場面でプリプリの曲が流れていたように感じます。

 

THE BLUE HEARTS

出典:http://www.tenkai-japan.com/wordpress/wp-content/uploads/2010/03/The-Blue-Hearts.jpg

バンド名の由来は甲本ヒロトによると、意味は無く誰もが呼びやすい小学生でもわかるような英語、バンドの音楽性が見えないような名前だから付けたというもの。

それぞれのバンドの状態が思うようにいかないと感じた甲本ヒロトと真島昌利、河口純之助の3人が、下北沢のバイト先で出会いました。当時はセッションバンドを行ったり、語り合って飲んだり遊んだりしているうちに意気投合をすることに。

1985年からは、それぞれのバンドを解散や脱退した甲本や真島が、2月には2人を中心に「THE BLUE HEARTS」を結成したのです。

シングル「人にやさしく」を自主制作で発表しました。そしてメジャーデビューが決定。ついには「リンダリンダ」でメジャーデビュー。同じ頃にデビューアルバム「THE BLUE HEARTS」を発表しました。ここから更に彼らの評判が全国に知られるようになったのです。

カッコいい!とコピーバンドをする若者が続出。今でも彼らの存在は、強く心に刻まれています。

 

80年代のバンドの登場はかなり新鮮だった

80年代のバンドはとても魅力的で、しっかりとした個性やカラーを持っていました。この頃の個性やカラーは、当時の音楽をより楽しく素晴らしいものにしてくれたように思います。

今もたまに聴く80年代のバンドの曲は、大切な場面とともに輝きを与えてくれるように感じますね。

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mayu

mayu

ライター歴8年です。
昭和だからこその魅力を少しでもお伝えできればいいなと思います。
どうぞ宜しくお願い致します。

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