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80年代のダンスミュージック界でとても斬新だったデット・オア・アライブ! 

80年代のダンスミュージック界には色々なアーティストがいましたね。なかでもかなり斬新で異色なグループといえば「デッド・オア・アライヴ」。ダンスミュージックのヒットを連発させ、いったいどんな人が歌っているのだろうと、初めてミュージックビデオを見た時に衝撃を受けた人は私だけではないはずです。

奇抜なメイク、衣装。でもなぜか一度見るとはまってしまう不思議な魅力。80年代のダンスミュージック界でとてもインパクトを残してくれたデッド・オア・アライヴについてご紹介したいと思います。

 

懐かしい洋楽ヒット曲については、こちらの記事に書いてあります。
>>>楽しくなる懐かしい洋楽ヒット曲!久しぶりに聞くとあの頃が蘇る!

 

ユーロビートの創始者

出典:https://d1d7kfcb5oumx0.cloudfront.net/articles/images/5408536476a23f10d100497f/slide__________.jpg


80年代のダンスミュージックでは、ユーロビートと呼ばれるヨーロッパ系の音楽が日本でもとてもブームでした。ほとんどのディスコでユーロビート多くのリクエストがあったと思いますが、そんな時代に忘れてはいけないのが、直接的なユーロピートの創始者ともいわれるデッド・オア・アライヴの存在です。

このバンドはイギリスで誕生し、ニュー・ウェーヴ、ニューロマンティック、ユーロビートのジャンルでバブル時代の日本の若者にも大変受けがよかったバンドです。

 

デッド・オア・アライヴの始まりは?

出典:https://rr.img.naver.jp/mig?src=http%3A%2F%2Fimgcc.naver.jp%2Fkaze%2Fmission%2FUSER%2F20140906%2F54%2F5915154%2F24%2F500x500x225a7cb050484c7b69b77fd1.jpg%2F300%2F600&twidth=300&theight=600&qlt=80&res_format=jpg&op=r


このバンドが結成されたのは1980年。リヴァプール出身のボーカルビート・バーンズがリーダーとなってスタート。最初はゴシックロックのジャンルとして扱われていた時代もあるようですが、あの風貌では普通のポップスというわけにはいかないでしょうね。

1980年代の中盤からはコンセプトをユーロビートにシフトして、世界的にヒット曲を飛ばしています。80年代のダンスミュージックのトップ10には必ず入りそうな勢い。アルバムのセールスは全世界でなんと2000万枚を超える人気。

このころ初めて友達からデッド・オア・アライヴの話を聞いた時には、いったいどんな音楽なのか想像できなかった思い出があります。

 

80年代の日本のディスコシーンで大ブレイク

出典:http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20170913005261_commL.jpg


ディスコ=バルブという記憶がある人はきっと当時かなり派手に遊んだ思い出があることでしょう。80年代後半から90年代前半にかけえてのバブル時代は、キラキラしたディスコブーム。当時ディスコといえばマハラジャがとてもトレンドで派手なスーツ姿やボディコン姿の大学生などが通っていましたよね。

このマハラジャでもデッド・オア・アライブの曲は常に選曲されるほどで、大学生のサークルイベントやパーティではひっぱりだこになっていたダンスミュージックのひとつです。日本でなぜこれほどヒットしたのかわかりませんが、きっとバブルという時代で皆さんモチベーションが高くなっていたからかもしれませんね。

デッド・オア・アライヴは日本のアイドルにも強く影響を与え、日本のみでリリースされたアルバムがもあるほどとても愛されたバンドなのです。

 

ボーカルのピート・バーンズの妖艶さにはまった人続出

出典:https://i1.wp.com/dailynet366.com/wp-content/uploads/2016/10/peteburns1.jpg?fit=291%2C350&ssl=1


80年代のダンスミュージック界は色々なシンガーがいましたが、デッド・オア・アライヴのボーカル、ピート・バーンズほど妖艶な人はいなかったように記憶しています。一見女性のようないでたちでばっちりメイクをしたとてもきれいな男子。でも声はしっかり太い男の声。ピート・バーンズは日本でも女性ファンが続出するほどとてもミステリアスな魅力でブレイクしました。

ピートは1959年、ドイツ系ユダヤ人の母親とイギリス人の父親の間に生まれました。母親はユダヤ人でナチスの迫害を受けたという背景があり、ドイツからオーストリアに逃げた時にウイーンでイギリス軍の兵士だった父親と出会っています。

ピートは子供の頃から美少年として有名でしたが、本人は見た目のコンプレックスがあったそうです。そのため顔に絵の具を塗ったりメイクをしたり、10代のころから髪を染めて眉毛を剃るなど、かなり奇抜な思春期を過ごした様子です。

音楽活動を始める前は美容院で勤務した経験があり、そこでファッション界にも興味を持つようになりました。ブレイクした80年代後半からは、カルチャークラブのボーイ・ジョージと人気を争うなど、女性が羨ましくなるほど美しい男性が話題になった時代でもありました。

 

懐かしいヒット曲のオンパレード!

出典:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51Lw29Z-ZCL._SS500.jpg


80年代のダンスミュージックでブレイクした曲、「You Spin Me Round」 (1984年)は出だしを聴いただけでエネルギーがマックスになります。この曲はバンドの最大のヒットシングルとなり、1996年と2003んんにリミックスバージョンもシングルカットされています。

Lover Come Back To Me (1985年)、In Too Deep (1985年)、Brand New Lover (1986年)など数々の80年代のダンスミュージックヒットがありますが、どれも同じようなスタイルの曲なので、どれがどれだかわからないなんてこともありましたね。聴いても楽しい、ビデを観ても楽しい、そんなワクワクするバンドです。

 

デッド・オア・アライヴの現在は?

出典:http://images6.fanpop.com/image/photos/38000000/Dead-Or-Alive-In-Japan-dead-or-alive-band-38013152-500-424.png


80年代に強いインパクトを残してくれたデッド・オア・アライヴですが、今は活動は行っていません。というのもボーカルのピート・バーンズが2016年10月23日に急性心不全のために亡くなり、バンドとしてはもう成り立たない状態。あの奇抜なファッションやダンスがもう見られないなんて当時のファンはとてもショックを受けていることでしょう。

ディスコ時代にイケイケだった人達の思い出もこれで終わりになってしまうのでしょうか。ピートはプライベートで整形にハマり、いつまでもコンプレックスが抜けず繰り返し施術を行っています。最初は鼻の整形程度が徐々にエスカレートしてお金をすべてつぎ込むほどに。一時は整形手術のせいで失明の危機に直面する出来事もありましたが、美の執着はいつまでも続いたようです。

 

80年代ダンスミュージックの素敵な思い出をありがとう!

デッド・オア・アライヴは青春時代の1ページとしていつまでも大切な思い出です。美しいピート・バーンズに憧れディスコ通いした若者も今では中高年の仲間入り。日々の生活のストレスが溜まる現在は激しいビートのダンスミュージックが大人には必要なのかもしれません。

 

・知っておくと得するディスコヒストリー
・80年代ディスコブームは六本木!
・ユーロビートでディスコの第二次ブーム
などについては、こちらの記事を読んでみてくださいね!

>>>80年代のディスコにまつわるこんなこと覚えてる?

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