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80年代のディスコにまつわるこんなこと覚えてる?

80年代は日本ではディスコブームが到来し、夜遊びといえばディスコが合言葉になっていました。「ディスコ」と呼ぶこと自体が昭和生まれの証になっていますが、今は「クラブ」といわないと若者には通じないようですね。でもクラブとディスコってDJが音楽をかけることは一緒でも、なにかが違う気がしませんか。

80年代のディスコブームで大人の仲間入りを果たした人達。またはディスコ通いでお金を使いまくった人達、色々なストーリーがあると思います。そこで早速ですが80年代ディスコにまつわる懐かしい出来事を振り返り、クラブでなくディスコだった昭和時代をみていきましょう。

 

70年代のディスコでヒットした曲については、こちらの記事に書いてあります。
>>>70年代のディスコヒット曲!ファンキーな大人が喜ぶのはどれ?

 

知っておくと得するディスコヒストリー

出典:http://img.wennermedia.com/480-width/gettyimages-542259398-88ffd561-6e47-485f-8141-709ce4f39496.jpg

ディスコっていつからどこで始まったの?なんて気にして踊っていた人は当時はかなり少ないと思います。そもそもディスコという言葉はフランス語の「ディスコティーク」が語源になっているといわれています。ディスコはもちろん日本で始まったものではなく、60年代以降のニューヨークでゲイの人達を中心に集まったお店からディスコブームが始まったといわれています。

ニューヨークのディスコにはゲイの黒人やヒスパニック系の人たちが多く、音楽はソウル系やファンクなどを中心にしたものが人気でした。本場アメリカでディスコがブレイクするのは70年代から。ニューヨークには巨大ディスコ「ニューヨークニューヨーク」や「スタジオ54」というお店が大人気。なかにはゲイオンリーのディスコもあったりして、とてもファッショナブルな空間として話題になりました。

日本でのディスコブームは第一次と第二次ディスコブームが75年~79年に始まり、最初は悪のたまり場として話題になっていたものの、映画「サタデーナイトフィーバー」が公開されたことで一般人も楽しめる大衆的な場所として広がっていきます。

 

80年代ディスコブームは六本木!

出典:http://discotimemachine.com/tokyo/bootsy.jpg

関東の人ならばきっと覚えていると思いますが、ディスコは都内や横浜エリアに多く存在し新宿や渋谷など若者の街にもたくさんありましたよね。80年代のディスコブームで高嶺の花になっていたのが六本木。高校生では入れない年齢制限も厳しく「六本木スクエアビル」は地下2階から10階までのすべてのフロアがディスコとして営業していました。

ディスコ通いをしていたあの頃、入ったことがないディスコは未知の世界ですべてを制覇したいと思い、少ないバイト代をためてディスコ用の洋服を買ったり皆頑張ってブームに乗っていましたね。

80年代~85年ほどまではサーファーを中心にしたディスコブームがあり、女子大生の夜遊びがとして大人気。深夜番組のオールナイトフジが話題になっている頃で、ディスコはスポーツ系のブランドの服を着た若者でごった返していました。

 

ユーロビートでディスコの第二次ブーム

出典:https://is3-ssl.mzstatic.com/image/thumb/Music/b0/30/39/mzi.csrodnbf.jpg/268x0w.jpg

80年代の中期以降からブームになったユーロビートと呼ばれる音楽は、ディスコの第二ブームを生むきっかけになりましたね。カイリー・ミノーグやデッド・オア・アライブ、バナナラマなどの音楽はピコピコしたコンピューターサウンドが特徴で、日本のアーチストの荻野目洋子やWinkなども海外のヒット曲をカバーしました。

でもディスコはすべてがユーロビートでなく90年近くになるとディスコごとに音楽のジャンルにこだわりを持つ店も増え、ロック系、ヒップホップ系などさらに踊りやすく選べるようになった時期もあります。

 

新宿のディスコの思い出

出典:http://2.bp.blogspot.com/-oq32qvfrhts/Tz5Hy_-xU2I/AAAAAAAAA3I/akprQthbarg/s1600/xenon02.jpg

80年代に高校生の初めての夜遊び場として人気を高めたのが新宿のディスコ。東亜会館という名前を聞くと当時のことを鮮明に思い出す大人はたくさんいると思います。東亜会館は六本木のスクエアビルのように各フロアがディスコになっているところは常にエレベーターが満杯。歌舞伎町で80年代に人気があったのは「GB RABBITS」「NAPA J」「ニューヨークニューヨーク」「XENON」なんてお店がありました。

料金ははっきり記憶にありませんが、確かワンドリンク付きで軽食が食べ放題、2500円~3000円ぐらいだったような。新宿の歌舞伎町を歩くとディスコの黒服のお兄さんたちが割引券を配っていましたね。

 

服装チェックが厳しいディスコで撃沈

出典:http://www.geocities.jp/maharajastory/image/12char049.jpg

大人の集まるディスコ、有楽町にあったラジオシティー日比谷は86年にオープンし、銀座や有楽町、日比谷あたりのOLやおしゃれなサラリーマンが集まるスポットとして話題に。オープン当時は男性4500円、女性4000円の料金でフリードリンク、フリーフード付き。「お立ち台」があり店内はライオンの銅像やエジプトちっくな宮殿をモチーフにしたちょっと豪華なインテリアなどが人気でした。

オープン当時は地元の人達から反対の声もたくさんあったようですが、新宿のディスコから卒業した若者たちが一気に大人の街へ繰り出し、ここで高い壁となったのが入店の際の服装チェック。黒服のイケメンの店員がお客さんの服装をチェックしてその場で返されてしまうなんて失態も経験しました。

 

マハラジャブーム到来!

出典:http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/f7/b97531d359f072d78ae83212ed9de9b7.jpg

80年代~90年代に大ブレイクしたのが「マハラジャ」。高級ディスコチェーンとしてNOVA21グループが展開したお店です。バブル期を象徴するお店でこちらの目玉はお立ち台で扇子を振るボディコンのお姉さんたち。第一号店は大阪のミナミで麻生十番にオープンした「マハラジャ東京」は、社会的な現象になるほどのサブカルチャーとして記憶に新しいですよね。

マハラジャは九州、沖縄、札幌を始めハワイ店をオープンするなど80年代のディスコシーンには欠かせない存在。お立ち台の歴史は六本木のギゼが始まりという説もありますが、マハラジャがお立ち台ととして世間に広まった理由といわれています。そしてマハラジャを命名したのはデヴィ夫人だそうです。

 

80年代のディスコは昭和生まれが盛り上がる話題!

80年代のディスコに関する思い出は皆さん色々ありますよね。音楽、ファッション、素敵な人との出会い、失敗談など、過去の出来事でありながらもつい昨日ディスコでお酒を飲んでいたような新鮮な気持ちになります。

 

ロックバルーンは99 ネーナ
カーマは気まぐれ カルチャー・クラブ
ニューソング ハワード・ジョーンズ

などについては、こちらの記事を読んでみてくださいね!
>>>80年代音楽シーンの洋楽ヒット!懐かしいけど新鮮な曲たち

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