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昭和の色々な事件覚えてる?懐かしくもちょっと怖い出来事

昭和に起きた事件や出来事は、今では想像できないような怖いものもいくつかありました。当時テレビをにぎわせたお話は今振り返ると懐かしい気もしますが、怖い犯罪は今の時代だけでなく昔からあったものなのです。

そんな昭和の事件をいつまでも忘れずに、私達は平和な将来に向けて頑張らないといけませんね。では昭和にどんな事件があったのか、忘れてかけてしまう出来事をご紹介したいと思います。

 

昭和のミステリー事件については、こちらの記事に書いてあります。

>>>【閲覧注意】ゾッとする戦前からの昭和のミステリー事件まとめ18選

 

帝人事件

出典:https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f1-c4/kitasan1970/folder/1047160/80/44988880/img_5?1349400069

帝人事件という名前は聞いたことがあるけど、どんな事件だったか覚えてないという人がどんどん今の時代増えてきましたね。そこで昭和の事件の歴史を知らない人のためにちょっとおさらいしておきましょう。帝銀事件は1934年、日本はまだ戦前の時代におきた疑獄事件です。

政治もからみちょっと複雑な背景がありますが、帝人とは「帝国人造絹絲株式会社」の略で、系列の鈴木商店が倒産して帝人の株式が台湾銀行の担保になることから始まります。株価操作する為に財界人と組み買戻しを行い株価を値上がりさせ、大蔵省の次官、台湾銀行頭取、などが起訴された事件です。

この同じ年に斎藤内閣は総辞職しています。しかし起訴された全員が無罪となったため、「検察ファシズム」なんて呼ばれていました。政界と経済のつながりって今の時代でも不透明なところはたくさんありますよね。

 

ホテルニュージャパン火災

出典:http://www.ne.jp/asahi/sai-kuni/home/town-nagata/img/hnj9906-10.jpg

この昭和の事件がおきてホテルの宿泊がちょっと怖くなった人は多かったと思います。ホテルニュージャパンは1982年に東京千代田区にあるホテルニュージャパンでおきた火災で33名の方が亡くなっています。原因はホテルの欠陥施工と従業員の防災教育の不徹底。火災によりホテルは廃業し現在は跡地にプルデンシャルタワーが建っています。

 

青酸コーラ無差別殺人事件

出典:http://www.jiji.com/news/handmade/topic/d4_yy/mkj929-jpp01282505.jpg

そういえばこんな昭和の事件もあったっけ、というのが青酸コーラ無札別殺人事件。1977年1月~2月半ばまで続いた事件で、青酸ソーダ入りのコカ・コーラを飲んだ人が死亡した事件です。一番最初の被害者は東海道新幹線の食堂車でバイトをしていた男子高校生が、宿舎に戻る途中で今の品川プリンスの正面に設置されてあった公衆電話に置かれてあった未開封のコーラを飲んで亡くなったことです。

飲んだ瞬間に異様な味がしたという証言などからコーラに誰かが青酸カリを意図的に混入させたのでは、ということで事件に。さらに最初の事件現場からすこし離れたところでも同様な事件が起こり、無差別殺人事件として日本中が震えあがりました。この事件で亡くなったのは合計3名、一人が意識不明の重体になってしまうというとても怖い出来事でした。

 

リクルート事件

出典:https://encrypted-tbn0.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcSBID6aRsQtOOzv_vUp8Z4t0u5fSVkyIa9-_KWanJVR8Zl04XdAQg

昭和の最後に起きた事件として有名なものがリクルート事件。リクルートといえば求人情報雑誌などでとても有名ですが、昭和の時代にはスキャンダラスな事件を起こしている企業なんです。リクルート事件は1988年に起きた贈収賄事件。リクルート関連の会社で未上場のリクルートコスモス社の未公開化を贈賄したため、官僚や政治家がこの事件で逮捕されています。

リクルート事件は戦後の日本でも最大の企業犯罪として歴史に残るほどで、いまだにリクルートの名前を聞くとこの事件を思い出す大人も少なくないでしょうね。

この事件により当時の宮沢前蔵相秘書や議員秘書4人が政治資金規正法違反で起訴され、6月には竹下内閣は総辞職しています。リクルートはこの事件でもちろんイメージダウン。会長の江副氏はダイエーに株を譲渡して経営から身を引きました。

 

長崎バスハイジャック事件

出典:http://livedoor.blogimg.jp/zozo11/imgs/d/9/d929a4f6.jpg

昭和は今ほどセキュリティーも強化されていなっかったので、交通機関のハイジャックも多かったですよね。飛行機を始め昭和の事件として思い出されるものの一つに「長崎バスハイジャック事件」があります。

この事件が起きたのは1977年、長崎県で運行する西肥自動車の路線バスに阿蘇連合赤軍と名乗る2人組の犯人にハイジャックされてしまいます。

犯人の男2人は銃や爆弾を持ち武装状態。バスはハイジャックされた後給油のためにガソリンスタンドにより、そこの従業員から通報され警察が到着。

一部乗客の解放を条件に食べ物や水、毛布などを要求してきた犯人は政治家との交渉を主張しましたが、赤軍派を名乗りながらも政治思想は全くなく金目当てのハイジャックでした。

主犯格の男が爆発物を投げたタイミングで、一切に警察がバス内に突入。人質16名は全員で無事で犯人のひとりは射殺。もうひとりは重傷を負い生き延びたこの犯人には懲役6年が言い渡されました。

 

三菱銀行人質事件

出典:http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/a5/644929df718dc91c99a5963e15e7d81a.jpg

銀行強盗なんてまるで映画のようですが、昭和の事件にはこのような荒々しい出来ことはたくさんありましたね。現在の三菱UFJ銀行の北畠支店で、猟銃を持った男が行員と客の合計30面を人質にした事件です。起きたのは昭和54年の1月。犯人は警察官2名と行員2面を射殺。店舗のシャッターを下ろし中の様子が外からまったく見えない状態で、テレビ中継されていたことを覚えています。

犯人は人質を非常用出口に並ばせて人間バリケードにしていたため、機動隊もなかなか突入できないもどかしい時間が続きます。2日後の朝、新聞を読みながら犯人が居眠りした瞬間、人質の男性行員が警察に合図して狙撃隊員が犯人を射殺。そもそもの動機は借金返済のための銀行強盗だったようですが、昭和の事件はショッキングな最後を遂げるものがとても多いですね。

今の時代の銀行はどこに行っても入り口に警備員の方が立っていますし、万が一の時のための訓練などもしっかり行っていますよね。昔の事件を参考に今の平和な生活が出来上がっているのでしょう。

 

昭和の事件で私たちが学ぶべきことはたくさん!

昭和の事件は殺人、強盗、など今の時代よりも残虐なものが多かったような印象を受けますが、色々な出来事を基盤にさらに安全な社会が築かれているのです。罪のない被害者の方たち、そして家族の方たちを思うととても心が痛みますよね。

昭和の事件を思い出すと、あのころ大きなブラウン管のテレビの前で親と一緒に訳が分からず釘付けになっていた時を思い出しますね。今の時代でも事件や事故はたくさんありますが、歴史の一部として私達はいつまでも忘れずに覚えておかないといけません。そして平和に暮らせるように犯罪のない社会を目指したいですね。

 

昭和の芸能人もこんな事件を!こちらの記事に詳しく書いてありますのでチェックしてみてください!

>>>昭和の芸能人“お騒がせ事件簿”~あのときの衝撃再び~

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