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昭和の中期にはなにが起きた?昭和21年から40年の日本を振り返る!

昭和は元年から20年の初期、21から40年までの中期、41年から64年までの後期の3つに大きくわけられています。昭和40年代以降は現在のミドルエイジの皆さんが生まれた年代なので、なにかと記憶に残っていることが多いでしょう。

生まれるちょっと前の昭和中期、21年~40年までの日本ではどんなことが起きていたか気になりませんか。日本では歴史に残るような出来事が様々起こった昭和中期。かなり昔のようなつい最近のような、不思議な親しみを感じる昭和の中期の日本を振り返ってみましょう。

 

80年代の出来事については、こちらの記事に書いてあります。
>>>80年代の出来事!世界が祝福したダイアナ妃のロイヤルウエディング

 

湯川秀樹日本人で初めてのノーベル賞受賞

出典:http://2.bp.blogspot.com/_BxZx1HAOxVs/RqpSwOUB8fI/AAAAAAAAAMo/oYXMGi_6dlo/s320/yukawa49-2.GIF


昭和中期の歴史的な出来事といえば、昭和24年に湯川秀樹が日本人初のノーベル賞物理学賞を受賞という大快挙がありました。アジア人としては3人目の受賞でしたが、日本人としては初の出来事で、しかも敗戦後なんとなく元気をなくしていた日本国民に勇気と希望を与えてくれたとても素晴らしい歴史的な出来事です。

湯川秀樹は明治40年東京都生まれ。地質学の親を持ち1歳の時に父親が京都帝国大学教授の就任となり家族は京都に移住をします。中学時代はそれほど目立たない存在でしたが、昭和4年に京都帝国大学理学部を卒業後、同じ大学の玉木嘉十郎研究室の副手になります。

その後大阪帝国大学講師になりますが、湯川の講義は声がとても小さくてき聞き取りずらいなんてエピソードもあります。湯川秀樹はプリンストン高等研究所客員教授、コロンビア大学教授など世界的にも活躍され、日本を代表する物理学者として歴史に残っています。

 

トヨタ・クラウンの発売スタート

出典:http://gazoo.com/pages/contents/article/meisha_crown/121225_2/carinfo_img_02.jpg


昭和中期に販売開始された日本の名車といえばトヨタのクラウン。昭和30年1月1日に販売がスタートしている大変ロングセラーの車です。トヨタの車種の中ではセレブ的な存在で最上級モデルとして長い間愛されていますが、「いつかはクラウン」という1980年代の宣伝のキャッチコピーのように、代表的な高級車として人気があります。

昔からオーナードライバーの車として開発されていることから、現在でも官公庁の公用車や企業のオーナーの送り迎え用の車としても使用されていますね。クラウンに対抗する車種は日産のセドリックやホンダのレジェンド、また三菱のデボネアなど。

最近では2012年に販売された特別仕様車のプレミアムエディションが話題になりましたが、本革シートや木目調のパネルなど、クラウンの重厚感はさすがといった感じですね。

 

ミッチー・ブーム

出典:http://newsimg.music-book.jp/news_images/images/1124786/large.jpg?1482804073


昭和中期にブームとなったのが昭和34年、皇太子明仁親王が正田美智子さんと結婚。「ミッチー・ブーム」と呼ばれたのは昭和33年~34年にかけて婚約から結婚までの間に起こった日本の社会現象のひとつです。

美智子様はミッション系大学の出身者であることや、平民と皇族の結婚に至ったことがとても大きな話題となり、このおかげでテレビも普及したといわれています。

とくに日本女性の間では美智子様の可憐な容姿に憧れる人が続出し、皇太子と当時テニスをプレーする際に着用していた白いVネックのセーター、ヘアバンド、カメオのブローチなどがミッチースタイルといわれるファッションブームにもなっています。

ヘアバンドはちなみにミッチーバンドとも呼ばれているとか。このミッチーブームで日本で沸いている中、同時に起こっていたのは元祖チキンラーメンの発売や東京タワーの完成など、昭和中期は明るい話題もたくさんありますね。

 

スーダラ節が大ヒット

出典:http://img15.shop-pro.jp/PA01154/377/product/54526199.jpg?20130125173756


昭和中期のエンターテイメントってどんなものが流行していたか知っていますか?昭和37年に大ヒットしたのがあの「スーダラ節」です。日本を代表する昭和中期のヒットソングで、ハナ肇とクレージーキャッツが発表した累計売上80万枚という爆発的な人気曲です。

この曲ができるまではレコード制作はレコード会社が主導となっていましたが、今でいうインディーズ的な芸能プロが初めてマスターテープを作ったというレコードでもあります。

歌詞になっている「スイスイスーダララッター」は植木等の口癖だったそうで、このフレーズをメロディに入れて青島幸男が歌詞を作成。でも植木等はとても真面目な性格で、出来上がった歌詞見てかなり歌うのを躊躇したそうですね。

スーダラ節は名古屋から人気の火が付き全国的に大ブレイク。曲がヒットしたことを受けて1962年には当時の大映より「スーダラ節わかっちゃいるけどやめられねえ」が製作されました。

 

世界初のソ連有人宇宙飛行

出典:http://spaceinfo.jaxa.jp/files/2491.jpg


今の時代では有人宇宙飛行なんて言葉自体がかなり昔ぽっく聞こえてしまいますが、人類のテクノロジーは昭和の中期にとても目覚ましい発展を遂げています。1961年、ソ連の軍人でパイロットであるユーリイ・ガガーリンが初めてボストーク1号に単身登場して人類初の有人宇宙飛行に成功しました。

有名なガガーリンの言葉「地球は青かった」は、きっと当時の人達にとってはとても衝撃な事実だったかもしれませんね。ガガーリンは世界的に時の人となり宇宙計画の広告塔のようにして世界の旅をします。

あまりにも変わった自分の環境をうまく受け入れられず酒に溺れる生活もあったようですが、1968年に教官とともに登場したミグ戦闘機で飛行中に墜落して34歳という若さで亡くなっています。

この事故は原因がはっきりせず政治的思惑が絡んだ陰謀説も流れていますが、飛行中に鳥との衝突を避けるために操縦不能になったのではないかといわれています。

 

小さな親切運動スタート

出典:http://seiju.co.jp/uploads/information/21.jpg


昭和38年にスタートした「小さな親切運動」は東大卒業式の告辞で早朝の茅誠司が重要性を訴えたことから社会的に共感が寄せられて始まりました。日常の中で親切な行動をすることを目的としてボランティアや環境美化、高齢者のサポートなど。ストレス社会の現代こそ大切にしたい心がけかもしれませんね。

 

昭和中期に頑張った日本は数々の歴史を残した!

昭和中期ってついこの前のような気がする人も多いと思いますが、様々な出来事を見ると昭和30年代には歴史に残ることがたくさんありますね。

日本だけでなく世界的にも忘れられない事件や出来事、そして経済や文化の変化など現在の私たちが平和で便利な暮らしができるのも、昔の人たちの努力のおかげなのでしょうね。

 

マリリン・モンロー来日
東京に日本初のボーリング場オープン
国鉄の鶴見事故

などについては、こちらの記事を読んでみてくださいね。
>>>昭和の出来事!意外と忘れられているニュース大全集

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