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昭和に流行した○○族と言えば?

○○族という多くの言葉が昭和に流行しましたね。社会の風潮や時代のトレンドなどを表現した○○族という言葉の元祖は、1948年に流行語となった「斜陽族」でした。

斜陽族とは太宰治の小説「斜陽」から生まれ、戦後の急激な時勢の変化に対応できず没落した上流階級のことを言いました。昭和に流行した懐かしい○○族を思い起こしてみましょう。

 

昭和の漫才ブームについては、こちらの記事に書いてあります。
>>>昭和の漫才ブームで好きだった漫才コンビは?

 

親指族

出典:https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/maekeeeeen/20170924/20170924224235.jpg

終戦後、全国各地に広まり人気娯楽となったパチンコ。1951年に流行した親指族という言葉は、パチンコに熱中する人々のことを揶揄した言い方でした。当時パチンコは一球ずつ玉を投入し、バネ付のレバーを親指で弾いて一発ずつ打つ仕組みだったため「親指族」と呼ばれました。

現在のパチンコはハンドルを回すと電動で玉を連続で打ち出し、華やかな電飾や様々な効果音が鳴り響き、凝った仕掛けが一般的ですが、親指で弾くパチンコは懐かしいですね。本当に昭和って感じです。

それからおよそ半世紀後の2000年頃、新たな「親指族」が登場するのです。携帯電話が急速に普及して親指でボタン操作を高速で行う若者を「親指族」と言いました。

現在はスマホが主流になり親指から人差し指に取って代わり、人差し指族でしょうか。

 

太陽族

太陽族とは石原慎太郎が1956年に芥川賞を受賞した小説『太陽の季節』に由来します。その映画化で弟の石原裕次郎が俳優としてデビューし人気になりました。

そのヒット作に描かれていた無軌道で不道徳な若者たちを太陽族と呼び、主にこの石原兄弟をまねして慎太郎カットと呼ばれる髪型にサングラスとアロハシャツという斬新なファッションが流行りました。

評論家の大宅壮一が「太陽族」という言葉で表現して流行語になり、「太陽の季節」に続き、「狂った果実」「処刑の部屋」も太陽族映画と呼ばれます。

 

ロカビリー族、六本木族

出典:http://gbttf.com/wp-content/uploads/2017/07/gbttf001_R-35.jpg

1958年に『日劇ウエスタン・カーニバル』が開催されたことがきっかけとなり、「ロカビリー族」が生まれました。

日劇ウエスタン・カーニバルに熱狂し、ロカビリー歌手のファッションを真似したファンのことを「ロカビリー族」と呼び、髪型はリーゼントで長いジャケットにオープンカラーのシャツを着てマンボズボンをはいていました。

ロカビリー族が集った街は六本木で、当時の六本木は外国公館と進駐軍の町として異国の雰囲気がありました。その雰囲気に惹かれて六本木に集まったロカビリー族が六本木族と呼ばれるようになったのでした。

峰岸徹や加賀まりこなど、六本木から有名なスターが生まれたことも知られています。

 

ながら族

出典:https://image.middle-edge.jp/medium/55a64fb3-d48c-4ebc-9078-3eb13d7a5c7e.jpg?1469451074

「ながら族」とは音楽やラジオ放送を聴きながら勉強や仕事をしたり、テレビ番組を見ながら家事をしたり食事をするなどのように、何か他の事をしながらでないと集中できない人のことをいいました。

1958年に日本医科大学の木田文夫教授がこのような症状を「ながら神経症」と名付けたことから「ながら族」という言葉が広まりました。

その当時は集中出来ない人とながら族を問題と捉えられていました。しかし近年ではながら族のほうが脳の活性化を促し、集中できて効率が良い頭の使い方という見解もあり、仕事中に音楽やラジオ放送を流しているケースも出てきています。

 

みゆき族

出典:https://stat.ameba.jp/user_images/20140724/18/focarth/d5/7b/j/o0800045013012959754.jpg?caw=800

1964年に流行したファッション文化の一種で、アイビールック(アメリカ東海岸の名門私立大学8校から成るアイビーリーグのファッション)を真似した格好の若者が、銀座のみゆき通りを特に目的もなくぶらぶらと闊歩したり、たむろしたりするのが流行しました。そのような若者たちを「みゆき族」と呼びました。

男性はボタンダウンシャツにバミューダショーツやコットンパンツでローファーの靴といった格好で、女性は白いブラウスにロングスカートでリボンベルトを締め、スカーフやネッカチーフを巻き、ローヒールの靴を履いた出で立ちで男女ともアイビーファッションのブランド「VAN」や「JUN」の紙袋を持っていることがオシャレでした。

しかし、周辺からの苦情が警察に寄せられ、また1964年10月に東京オリンピックをひかえ風紀向上のために9月に一斉取り締まりが行われて姿を消すことになりました。

 

夕暮れ族

1978年に吉行淳之介の小説『夕暮れまで』から生まれた言葉で、中年の男性と若い女性のカップルのことを「夕暮れ族」と呼びました。

1980年代には「若い女性がお金持ちの愛人になっている」ことを「おとなしい顔してあの子夕暮れ族なんだって」というふうに使われることもありました。

「逆夕暮れ族」という言葉も平成になって使われ、これは若い男性と中年女性のカップルのことでした。

 

竹の子族

出典:https://cdn.amanaimages.com/cen3tzG4fTr7Gtw1PoeRer/23023004523.jpg

「竹の子族」とは1979年に原宿の歩行者天国でラジカセを囲むように派手な衣装でステップダンスを踊る若者たちのことです。

ブーム最盛期の1980年には約50のチームで2千名以上のメンバーに膨れ上がり、毎週日曜日には10万人近くの若者が竹の子族を見るために「原宿ホコ天」に集まり、身動きがとれなくなるほどの人気でした。

竹の子族が着ていたアラビアンナイトのような独特の衣装はハーレムスーツと呼ばれ、その衣装はブティック竹の子のオリジナル衣装であったことから竹の子族というようになったのです。

竹の子族は路上で若者たちが音楽に合わせてダンスなどのパフォーマンスを行うブームの先駆けと言えるでしょう。当時竹の子族でスカウトされて芸能界デビューした人には沖田浩之や清水宏次朗などがいましたね。

 

くれない族

1984年の流行語大賞で流行語部門銀賞を獲得した「くれない族」とは「~してくれない」とよく口にする人のことで、ドラマから生まれました。

そのドラマは1984年に放送されたテレビドラマ『くれない族の反乱』(田村正和、大原麗子主演)でした。「○○が××してくれない」という言葉を主婦たちが使う実態を描いていました。

現在でも自己啓発セミナーや教育教材・書籍などで使われることも多くあります。

 

他にも多くの「○○族」が流行

昭和の時代には他にも社用族・カミナリ族・アンノン族・窓際族・カニ族・エレキ族・モンキー族・クリスタル族・カラス族など、「○○族」と言う言葉がたくさん生まれました。現在では死後になった言葉も多いですが、とても懐かしいものもありますよね。

平成になって「○○ラー」や「○○系」という言葉が流行りました。次の時代はどんな新しい言葉が生まれ流行するのでしょう。

 

昭和の外国人プロレスラーについては、こちらの記事を読んでみてくださいね。
>>>昭和のプロレスに欠かせない外国人プロレスラーの存在

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アキラ

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