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昭和の美人の十朱幸代!みんなが憧れた素敵な女性像とは?

昭和の美人さんはどなたも凛として美しいだけでなく品がありますよね。数多い女優さんのなかでもとくに若い時に憧れていたのが十朱幸代。

目をキラキラ輝かせてにっこり微笑む姿は、男性だけではなく女性もうっとりしたことでしょう。日本の映画界を代表する女優さんとして映画のスクリーンやテレビドラマでよくお目にかかりました。

そこで今回は昭和美人の十朱幸代の魅力について解剖していきたいと思います。ソフトな口調がとても強く印象に残りますが、十朱幸代はどんな映画人生を送っているのでしょうか。

 

昭和の女優については、こちらの記事に書いてあります。
>>>昭和を飾った女優といえばこの人!懐かしい映画やドラマが蘇る!

 

生い立ちについて

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十朱幸代は1942年11月23日、東京都日本橋生まれ。小学校時代に奈良県に移り住んでいます。父親は俳優の十朱久雄で、子供のころから父親が主宰する劇団で子役として活躍してきました。最初のデビューはNHKの「バス通り裏」。このドラマは1958年から始まった帯ドラマで、最初はまだ白黒放送でのちにカラー化されています。

ストーリーはバス通りの細い路地を挟んだ高校教師の家庭と美容院のホームドラマ。この作品からは十朱幸代以外にも米倉斉加年、岩下志麻、田中邦衛なども出演しています。このドラマは若手俳優の登竜門になる連続テレビ小説の基盤ともなった作品です。

青春ホームドラマとして当時はとても人気があり、番組開始のテーマソングが流れると時間帯まで視聴者がすぐにわかるといわれるほど浸透した番組です。

 

菊田一夫演劇賞を受賞

出典:https://i1.wp.com/anincline.com/wp-content/uploads/2015/10/7a116eb05eb4ef27299c1f00c166edb6.png?fit=400%2C399

劇作家菊田一夫の功績を記念して創設されたこの賞は1975年からはじまり、十朱幸代は1976年度の演劇賞を受賞しています。昭和美人で演技力も素晴らしいことがここでも証明されたというわけです。

ちなみにこの年の演劇大賞を受賞した作品は森繁久彌の「屋根の上のヴァイオリン弾き」。特別賞として宝塚歌劇団の「ベルばらシリーズ」が受賞しています。ベルばらと聞くと歴史を感じますが、十朱幸代が最初の賞を受賞した同時期だったんですね。

さらに受賞は続き1980年はブルーリボンの主演女優賞受賞、1985年も再びブルーリボン主演女優賞を受賞しています。子供のころから演技を訓練してきたおかげか、いろいろと評価される素晴らしい女優さんとして活躍をしています。

 

シーチキンのテレビCMがヒット

出典:http://gbttf.com/wp-content/uploads/2017/03/chikin02.jpg

お笑い芸人が十朱幸代のモノマネで、シーチキンのセリフを言っているシーンが頭にうかびますよね。「シーチキンと呼べるのははごろもだけです」というフレーズは、当時とても流行りました。

ツナ缶なのかシーチキンなのか、そんな論争をしたくなる人がこのCMを見たら、きっとシーチキンだといってしまうほどのインパクト。

着物姿でシーチキン缶を持っている十朱幸代は、とても庶民的な食べ物でありながらも高級食材の宣伝をしているようなクオリティがありました。

ちなみにはごろもフーズで当時CMで起用した芸能人には、長門裕之夫妻、谷敬、小手川裕子などがいます。十朱幸代クラスの女優が出演するとなると一体どれぐらい制作費がかかったのか気になりますね。

十朱幸代がシーチキンを缶切りで開ける姿はちょっと想像しがたいのですが、食品のCMで庶民的な一面も魅力になりました。

 

日本アカデミー賞主演女優賞受賞

出典:https://iwiz-movies.c.yimg.jp/c/movies/pict/p/p/04/4a/135592_01.jpg

「日本一短い「母」への手紙」で1995年日本アカデミー賞主演女優賞を受賞しています。昭和美人の十朱幸代が母親役として出演していますが、かなり複雑な事情がある家族で登場人物の役柄を演じるのは大変だったでしょう。

映画のストーリーは同名のベストセラーを映画化したもの。230通の短い手紙をモチーフにして、家族を捨ててホステスをしている母親探しをする子供たちの姿を描いた作品。父親以外の男性と家を出て家族を捨て、その長年の怒りを持つ娘と和解するまでのお話です。

昭和美人の十朱幸代みたいなお母さんがいたら、きっと旦那さんも色々と気苦労があることでしょうね。家族とは何か、親子の絆とは?という大切なテーマをしっかりメッセージとして送っている映画。十朱幸代の名演技が堪能できる作品といえるでしょう。

 

くるぶしの病気で闘病生活

出典:http://nznsms.jp/wp-content/uploads/2016/08/b3229293.jpg

十朱幸代をしばらく見なくなったという時期がありましたが、この間実はくるぶしの病気で1年間のリハビリをしていたそうです。手術を行い5ヵ月間の入院生活、長年くるぶしに痛みが起こる症状があり、病気によるくるぶしの変形が原因。くるぶしを手術するために腰の骨の移植という大変な手術を行ったという話があります。

手術をしても回復までには時間がかかり、その間ご本人ももう舞台には立てないかもという不安でいっぱいになったそうです。今ではすっかり病気も克服されて、テレビ出演などもされています。昭和美人はプライベートでは苦労を重ねて、そんな辛い時期も一切表だって公表しない、ここにも大変意思の強い性格を感じますよね。

 

恋のうわさについて

出典:https://auctions.c.yimg.jp/images.auctions.yahoo.co.jp/image/dr000/auc0401/users/2/7/1/7/hanamarunetcom-img640x480-15166009985r69al27202.jpg

昭和美人の十朱幸代はさぞかし恋のうわさも多かったのでは?と皆さん思いますよね。1958年頃から俳優の小坂一也と15年間事実婚状態でいたことは、きっと皆さん記憶にあるでしょう。結婚をせずに恋人と一緒に暮らすなんて時代の先を行っている女性ですよね。

しかしこのお二人は1974年に破局しています。昭和美人の十朱幸代は「年下キラー」とも呼ばれるほど、数々の恋の噂があります。俳優の竹脇無我、要潤など美男美女のカップルで羨ましくなるようなお話ですが、本人はすべて噂を否定しています。

そんななかでもかなり真剣な交際だったといわれるのが西城秀樹。二人は周囲の目を気にせずに堂々とデートを繰り返していたほどで、もしかしたら結婚?という噂もでたほど。しかし西城秀樹の祖母が年上女性との交際に猛反対したことで、破局に至ったといわれています。

昭和美人と秀樹という組み合わせ、ちょっと意外ですがどちらも人気ものなので周囲も慎重になってしまうでしょうね。

現在十朱幸代は70代。あの優しい笑顔は歳を重ねても健在です。いまだに独身で残りの人生をエンジョイされているようですね。

 

昭和美人はモテすぎていまも独身!?

十朱幸代はバラエティ番組にも積極的に出演されていますが、若いお笑いタレントにも積極的にアプローチするなど、今でも現役で昭和美人を貫いています。何歳になっても魅力的でいられるのはとても素敵なことですね。

 

夏目雅子
坂口良子
高橋惠子
などについては、こちらの記事を読んでみてくださいね。
>>>「1970年代を代表する美人」誰を思い浮かべますか?~美しすぎた昭和の女優たち~

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