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【閲覧注意】ゾッとする戦前からの昭和のミステリー事件まとめ18選

昭和を生きた人間からすると、昭和は懐かしい象徴です。

64年の長きに渡る昭和には、懐かしいだけではない恐ろしい事件なども満載の時代でした。

名前を聞くと思い出す事件、はじめて聞く事件などいろいろあるかと思います。

その中で、昭和を代表する25の大事件を紹介します。

ぜひ、昭和のミステリアスな事件の雰囲気を味わってください。

昭和の芸能人事件簿については、こちらの記事て詳しくご紹介していますので、こちらもチェックしてみてくださいね。
>>>昭和の芸能人“お騒がせ事件簿”~あのときの衝撃

 

戦前の事件簿

二・二六事件

出典:http://www.huffingtonpost.jp/2015/02/25/february-26-incident_n_6756584.html

54年ぶりの大雪に見舞われた昭和11年の東京で起きたクーデター、日本陸軍皇道派の青年将校が企てた二・二六事件がこの雪の東京で起きました。

世界的恐慌の影響を受け、当時の日本の経済も大不況下、その上東北では大凶作の上に飢饉(ききん)も起き、農村では女子を身売りしなければならないなど悲惨な状況がありました。

クーデターを起こした将校の多くが東北の農家の出身者。大陸での戦争の機運も高まり、いつの間にか財閥との癒着のある政界に不満が噴出し、軍部台頭を支持する国民も増加しました。

これにより高橋是清大蔵大臣や斎藤実内大臣など、合わせて9名が犠牲になりました。

阿部定事件

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E9%83%A8%E5%AE%9A

のちに映画「愛のコリーダ」にもなった、有名な「阿部定事件」は、昭和11年の5月18日に東京市(現在の東京都)で愛人の石田吉藏を殺害し局部を切り取った女の有名な事件でした。

「妖婦」などと呼ばれた定でしたが、昭和16年に「皇紀2600年」の恩赦で釈放に。

その後も数奇な人生を歩む定でしたが、殺害した石田吉藏の墓に鼻が途絶えた昭和62年ごろまでは存命だったようです。

昭和20年代の事件簿

アナタハンの女王事件

出典:http://ur0.link/Bpyt

広い太平洋のいくつかの島は、戦時中日本の信託統治領にありました。どこか語感が日本人に親しみやすいアナタハン島も含まれており、恐ろしくも不思議な殺人事件の舞台になりました。

戦時中から商社マンの夫とともにここに渡り暮らしていた比嘉和子という女性をめぐり、軍人・軍属合わせて32名の日本人が殺し合いをしたというミステリアスな事件です。

帝銀事件

昭和23年1月26日に帝国銀行に東京都防疫班の腕章をつけた男が現れ、「集団赤痢GHQが発生したから、予防薬を飲んでもらう」と工員たちに毒を盛って殺害した凶悪事件です。合計12名の命が奪われました。

テンペラ画家の平沢貞通氏が逮捕され、裁判では死刑確定もでたものの、多くの支援者の活動もあり、結局死刑は執行されずに昭和62年に獄中で病死しました。

国鉄三大ミステリー事件

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E5%B1%B1%E4%BA%8B%E4%BB%B6

戦後直後の日本において、短期間の間に起きた日本国有鉄道が関係した「国鉄三代ミステリー事件」と呼ばれる事件がありました。

「三鷹事件」「松川事件」、そして下山定則国鉄総裁が轢死(れきし)遺体となって発見される「下山事件」などの痛ましい事件のことです。

「下山事件」は公用車で日本橋三越に寄った後、行方不明に。他殺か自殺かも特定できず、しかも生前にリンチなどがなされるなどが明らかになるなど、今でも未解決のミステリー事件である。

昭和30年代の事件簿

吉展ちゃん誘拐殺人事件

出典;http://showa.mainichi.jp/news/1963/03/post-79ba.html

公園に遊びに出かけた吉展(よしのぶ)ちゃんが行方不明になった後、身代金50万円を要求する電話が入り、誘拐されたことが明らかに。犯人との電話でのやり取りが録音され公開されるなど、一般国民も非常に注目した事件でした。

東北なまり時計職人の小原保がのちに逮捕され、死刑執行時に話した「真人間になって死んでいきます。ナスの漬け物おいしゅうございました。」という言葉が最期だったそうです。

伝説の刑事・平塚八兵衛氏が解決。また、この事件で初めて報道協定が結ばれたことでも有名です。

狭山事件

出典:http://showa.mainichi.jp/news/1963/05/post-fc3a.html

昭和38年5月1日に埼玉県狭山市で起きたこの事件。ジブリの「となりのトトロ」のモチーフになったのでは?という「都市伝説」でも有名になった事件ですね。

不思議な事件は数あれど、この事件ほど被害者の少女の関係者たちが次々と6名もが怪死を遂げた上に、被差別部落などの社会のアンタッチャブルな側面もある事件は、ほかにはあまりないかもしれません。

逮捕後31年あまり経ち、犯人とされた人物は仮出獄した後も無罪を主張しているそうです。

昭和40年代の事件簿

三億円事件

出典:http://dailynewsonline.jp/article/901911/

日本人の心に残るミステリアスな昭和の事件といえば、しばらく上位に上がるくらい印象的な事件でした。

昭和43年12月10日に府中刑務所の高い塀脇の道路を走行中の現金輸送車。後ろから追い掛けてきた白バイ風のバイクに乗った警察官の身なりをした男に「爆弾が仕掛けられている」と止められ、そのまま車ごと三億円を持ち去られた事件です。

犯人とされる若者のモンタージュ写真も有名になりました。7年後の時効成立時にもテレビで話題に。名警部・平塚八兵衛し、最後の事件としても有名です。

瀬戸内シージャック事件

この事件は、テレビで主犯の狙撃シーンが生放送されたことで印象深い人も多いのではないでしょうか?

すでに福岡や山口などで強盗や殺人などを犯していた犯人は、昭和50年5月11日に仲間をつれ「ぷりんす号」という観光船を乗っ取ります。

人質は7名。主犯の親兄弟が投降を呼びかけましたが、猟銃を乱射して威嚇し続け、射殺も止むなしということでの事件集結でした。

その後、世論が騒ぎ立て、警察官の狙撃が批判される事態にまで発展することに……。

よど号ハイジャック事件

飛行機をハイジャックし北朝鮮へ亡命することを目的とした、日本におけるはじめてのハイジャック事件で、昭和45年3月に起きました。

犯人たちは共産主義者同盟赤軍派のメンバーで、このハイジャックは国内での闘争活動のためには海外にベースを作るべきだとして、その拠点を当時「地上の楽園」と呼ばれていた北朝鮮に決定。メンバーを送り込む計画を実行したと見られます。

多くの関係者メンバーが死亡したようですが。事件後40年以上経った今でも、平壌(ピョンヤン)にて存命のメンバーも暮らしているようです。

三島事件

出典:http://shizukado.hatenablog.com/entry/2014/09/07/220236

ときは、左翼系学生運動のたけなわの時期。若者を含む国民全体がなにがしかの政治信条を持っている時代でした。

次のノーベル賞候補とささやかれる世界的な文学者の三島由紀夫氏が自衛隊市ヶ谷駐屯地に私兵・楯の会メンバーとともに乗り込んだのは、昭和45年11月25日の午前11時前。

三島由紀夫氏は現在の憲法に不満を感じ、国防は重要だという観点から自衛隊に決起を促したかったようです。けれど、バルコニーで演説をする三島氏に向けられる自衛隊員の声は侮蔑と批判の嵐に。

「これがある限り、諸君(自衛隊員)たちは永久に救われんのだぞ。」

のちに三島氏の決起を理解し、きちんと聞くべきだったのでは……という心情を漏らす隊員もいたそうですが、機動隊の突入を感じ室内に引っ込み、自決を決行。衝撃的な結末でした。

あさま山荘事件

出典:http://mamechishiki.aquaorbis.net/mamechishiki/cupnoodle-asamasansou0219/

あさま山荘事件は、三島氏とは真逆の政治心情の連合赤軍の若者たちによる昭和47年に起きた人質事件です。当時は、右派左派がそれぞれ激しい政治行動を表す時代でした。

この事件の恐ろしいところは、立てこもり事件以前に、銃などで武装し、アジトの山岳ベースで「総括」の名の下に、リンチによって仲間12名を殺害していたことなどです。

大きな鉄球で警察が山荘を倒壊させようとするシーンが思い出されますね。

大久保清事件

ロシアの民族衣装のルパシカとベレー帽、そして母親に買ってもらったスポーツカーを乗り回し、次々と女性を手にかけていった稀代の婦女暴行魔の事件です。

母親に「ボクちゃん」と呼ばれていた、大人になりきれない男が犯人でした。

8名の女性を殺害したことで、事件発覚から5年後の昭和51年には死刑が執行されました。

三菱重工爆破事件

出典:https://goo.gl/Zj96G1

昭和49年になっても政治的な国内テロリズムは収まらず、東アジア反日武装戦線「狼」により、ビジネスマンでにぎわう千代田区丸の内に仕掛けられた爆弾で起きた外政治テロです。すさまじい爆弾の威力によって、8名もの犠牲者が出ました。

昭和50年代の事件簿

ロッキード事件

出典:http://www.sankei.com/premium/photos/160723/prm1607230016-p3.html

アメリカの大手航空機製造会社のロッキード社の旅客機の受注をめぐって起きた、世界的な汚職事件。昭和51年に発覚したことで、日本の政界をも揺るがしました。

国会では児玉誉士夫氏や小佐野賢治氏などが国会で証人喚問され、全国民が一挙手一投足を注視する事態に。小佐野氏の「記憶にございません」「ピーナツ」、榎本美恵子氏の「蜂の一刺し」という言葉が流行になりましたね。

当時人気があった自民党の田中角栄元首相も、この事件発覚後に政治生命を絶たれてしまいました。

グリコ森永事件

出典:http://minkara.carview.co.jp/userid/139644/blog/35280071/

お菓子メーカーの江崎グリコの社長を誘拐して身代金を要求するなどを発端にしながら、その後には放火事件や大手食品メーカーを脅迫、青酸カリ入りのお菓子をひそかに店舗に置くなど、国民を震え上がらせる犯罪へとさらに展開していった未解決事件でした。

昭和59年から1年半後の昭和60年8月7日、「くいもんの 会社 いびるの もお やめや」の終息宣言で事態は急展開。

野球帽のキツネ目の男の似顔絵が、一躍有名になりましたね。結局目的も犯人もわからず、未解決の事件になりました。

昭和60年代の事件簿

豊田商事会長刺殺事件

テレビの画面から残酷な映像を見る機会はあまりない日本。

けれど、この事件ではマスコミの取材陣が向けたカメラやマイクの中で堂々と殺人を犯してしまう犯人の一部始終を捉えてしまいました。

豊田商事は、当時悪徳商法で有名な会社でした。被害総額が2000億円もの詐欺事件を起こし、恨みに思っている被害者が数万もいたと言います。

犯人は大勢のマスコミの中、会長を殺害すると告げた後、銃剣を抱えて会長が隠れる部屋に乗り込み、そのまま殺害。衝撃的な事件でした。

女子高生コンクリート詰め殺人事件

「昭和」が終わりを告げようとする昭和63年11月から昭和64年1月にかけて起きてしまった10代の凶悪殺人事件として、この事件ははずせません。

あまりに残虐なために詳細を書くのがはばかられるほど……。

実際、筆者も事件の詳細を書く勇気はありません。被害者のご冥福を祈りながら、web上でお調べください。

被害者のご冥福を陰ながらお祈りします……。

まとめ

昭和という懐かしくもミステリアスな時代。

多くの新しいことや楽しいことがあった反面、暗いニュースや大事件などがあったのも事実です。

日本は安全で清潔な国ですが、かつてこのようにたくさんの凶悪な事件やテロリズムもあったことを、昭和を生きた私たちも若い世代の人たちも、覚えておかなければならないかもしれませんね。

昭和の事件簿とともに、昭和から平成へと時代は変わっていったことを……。

ご覧いただいてありがとうございました。

昭和30年代のヒットTV番組については、こちらの記事で詳しく紹介していますので、チェックしてみてくださいね。
>>>昭和30年代のヒット TV番組 懐かしすぎっ!

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Masayo*M

Masayo*M

ご覧いただきましてありがとうございます。
湘南在住のデザイナー&ライターです。昭和40年早生まれ。
得意分野は昭和初期〜40年代の風俗・文化・歴史・時事ネタです。
ディープな話題からポピュラーな流行まで、昭和の良さをみなさんにお届けさせていただきますね。

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