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昭和のクイズ番組といえば!巨泉のクイズダービー!伝説のクイズ番組をもう一度見たい!

もう一度見たいクイズ番組は「クイズダービー」という人も多いのではないでしょうか。クイズダービーは1976年から1992年まで、約17年間で全862回放送された長寿番組で、最高視聴率40%を記録した昭和を代表するクイズ番組の一つです。

名司会者の大橋巨泉が初代で1990年4月からは、徳光和夫が2代目司会を担当しました。今回は伝説の人気番組「クイズダービー」を一緒に懐かしんでみたいと思います。

 

懐かしいクイズ番組については、こちらの記事に書いてあります。
>>>懐かしいクイズ・ゲーム番組!昭和世代が興奮した視聴者参加型人気テレビまとめ

 

ロート ロート ロート♪

出典:http://oriran.com/ptrue/t0911084494470.jpg


ロートの社名が入った社屋を背景に、多くの鳩が飛び立つ画像とロート、ロート、ロート♪ ロート、ロート、ロートー、ロート製薬ー♪というお馴染みのCM。

その後に「巨泉のクイズダービー!」の掛け声と「カタッ」と競馬のゲートが開く音で、番組がスタートしていましたよね。毎週土曜日の19:30から30分、TBS系列で放送されてロート製薬の一社提供番組でした。

 

クイズに解答しない出場者

出典:http://stat.ameba.jp/user_images/20120115/12/metal-travel1979/e2/88/j/o0360024011735957254.jpg


クイズダービーは、大橋巨泉がカナダで視聴した競馬形式のクイズ番組『セレブリティ・ステークス』を参考にして企画されました。競馬好きで馬主や競馬評論家の一面もあった大橋巨泉らしい番組ですね。

クイズ番組なのですが、出場者はクイズに答えずに解答者の中から誰が正解するかを予想します。解答者にはそれぞれ倍率が設定されて、出場者は自分の持ち点を選んだ解答者に賭けて、持ち点を増やしていく競馬的な要素を取り入れたクイズのシステムです。

実際の競馬でいうと、「出場者=賭ける人」、「解答者=馬・騎手」、「持ち点=馬券」、「解答者の倍率=オッズ」といったところでしょう。

クイズ番組でありながら、ゲーム感覚があり娯楽性が高く、クイズとゲームの両方を楽しめる画期的な番組だったと思います。

出場者はクイズに解答しないので、クイズに自信がある人は実力が発揮できないので物足りないと思った人もいたかもしれません。しかしクイズにあまり自信がない人にとっては、この番組に出場してみたいなと思った人が多かったのでは。

 

打ち切り寸前の危機を乗り越えて

初回は1976年1月3日で、芸能人大会として放送が開始されました。開始当初は少々複雑なシステムが馴染みにくかったのか視聴率が低迷して、2月には約4%にまで落ちました。

テレビ局上層部から打ち切り勧告が出されたそうですが、スポンサーのロート製薬からの意向があり、何とか存続しました。開始半年でシステムを単純化したことをきっかけに、視聴率が上昇しはじめて、秋頃には20%に達しTBSの看板番組に成長したのです。

番組が最も盛り上がったのは1979年から3年間。視聴率も30%を超えました。最高視聴率は40.8%(関東地区)で1979年6月30日に記録し、クイズ番組では初めて40%以上を記録した番組です。

同じTBSで土曜20:00にクイズダービーの後の時間に放送されていた、超人気番組の『8時だョ!全員集合』(最盛期には40 ~ 50%の驚きの視聴率)との相乗効果もあったのでしょう。

 

個性的な解答者枠

出典:https://ytimg.googleusercontent.com/vi/NzgeXWkQ12g/mqdefault.jpg


毎回5人の解答者が出演(初期は6人)して、個性的で特色がありましたね。

1枠は「男性一発逆転の大穴枠」で、主に大学教授や作家などの「文化人」でした。何と言っても代表的な解答者は篠沢秀夫(教授)ですよね。篠沢教授の後は北野大(ビートたけしの兄で教授)が引き継ぎました。

2枠は「女性大穴枠」で代表的な解答者は五月みどり・うつみ宮土理・長山藍子などのベテラン女優から、宮崎美子・斉藤慶子・山崎浩子・井森美幸などの若手女優・タレント枠に移り変わりがありました。

3枠は「男性本命枠」でレギュラーでは黒鉄ヒロシが約1年間出演後、はらたいらが約16年間(はらたいらに残り全部)という感じで、二人とも漫画家という共通点がありました。はらたいら正解率は7割5分と非常に高く、黒鉄ヒロシも6割5分以上の高正解率。

4枠は「女性対抗枠」で代表的な解答者は竹下景子で大学在籍中から出演していました。正解率も6割3分と高く、特に三択問題に強かったですよね。

5枠は「ゲスト解答者枠」で毎週様々なタレントや俳優・文化人などが出演していました。どんなゲストが今週は登場するのだろうと、ワクワクした人もいたと思います。

 

大橋巨泉がつけたニックネーム

司会者の大橋巨泉はクイズダービーの番組共演者に、ニックネームを付けて呼んでいたのも親しみが出てとてもおもしろかったですね。

驚異的な正解率のはらたいらには「宇宙人」、三択問題に強かった竹下景子には「三択の女王」、篠沢秀夫には「教授」、黒鉄ヒロシには「裏切りたぬき」など。懐かしさに当時を思い出します。

 

印象的な決まりセリフがたくさんあった

出典:http://stat.ameba.jp/user_images/20101228/02/megomegoco/0b/be/j/o0440032010945194424.jpg


出場者はお約束で「今日もきれいな竹下さんに500点」、「はらたいらさんに全部」というようにコールして、点数を賭けていたのが印象的でした。

三択問題は基本的に全員のモニターをあけ、よくあるセリフが「ひとりを除いてみんなおんなじ答え!」、「いっぺんにあけます。せーのドン!」など。

最終問題での「倍率ドン!さらに倍!」、一発逆転を狙って「篠沢教授に全部」、堅実に「はらたいらに全部」など。

指名された解答者が全員不正解で、はらたいらの解答を最後にあける際のお決まりセリフ「はらさんが出来なければお返しいたします。せーのドン!」。

指名されていない解答者が、単独で正解した場合は全出場者の掛け点が没収となるため、大橋巨泉がその解答者に「余計なことをしないで下さい」というお約束のセリフもありました。

 

番組のエピソード

第1問目で、持ち点3000点全部を賭けようとしたギャンブラー出演者が2組いました。1組目は「とんねるず」で、はらたいらに全部。2組目は「若山富三郎と池内淳子のドラマチーム」でゲスト解答者のビートたけしに全部を賭けようとしましたが、司会の巨泉さんに止められてしまいました。

1978年にドラマ水曜劇場『ムー一族』に出演の、樹木希林と岸本加世子がドラマの中で「クイズダービー」に参加するというシーンも懐かしいですね。

 

ハイセイコーブームがあってこそ

クイズダービーは大橋巨泉の名セリフや名司会ぶり、篠沢教授や井森美幸などユニークな珍解答や万馬券的一発逆転、はらたいらや竹下景子の期待に応える緊張感など。とても楽しく印象的な番組でした。宮崎美子は今もよくクイズ番組で活躍していて魅力的ですよね。

ギャンブル的なコンセプトのクイズ番組「クイズダービー」が受け入れられ、お茶の間で家族そろって楽しめる世の中になった功績は、昭和のアイドルホース「ハイセイコー」の1970年代前半の大活躍、ハイセイコーブームがあったからという説もあります。

 

ハイセイコーについては、こちらの記事をチェックしてみてくださいね!
>>>昭和の名馬「ハイセイコー」は元祖アイドルホース!

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mayu

mayu

ライター歴8年です。
昭和だからこその魅力を少しでもお伝えできればいいなと思います。
どうぞ宜しくお願い致します。

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