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昭和の歌番組といえば「ザ・ベストテン」どんな思い出がありますか?

昭和には歌番組が色々ありましたが、自分の中のインパクトが一番強いのは「ザ・ベストテン」です。毎週楽しみにしていた番組のひとつでした。今回は「ザ・ベストテン」について振り返っていきましょう。

 

昭和のラジオ番組については、こちらの記事に書いてあります。
>>>昭和のラジオ番組が懐かしい!ラジオパーソナリティといえばこの人!

 

ザ・ベストテンについて

出典:http://blog.zige.jp/resources/member/007/988/1483312/WZcfOh8v.jpg

1978年1月から1989年9月まで、毎週木曜日の21:00~21:54に生放送された歌番組です。

最高視聴率は41.9%を記録しています。木曜になると、朝から「今日はベストテンの日!」と思いワクワクする人も多かったのではないでしょうか。

 

司会者について

出典:https://i.ytimg.com/vi/r-0Iy7Qc39w/hqdefault.jpg

ザ・ベストテンの司会者といえば、まず浮かぶのが黒柳徹子。衣装も毎回オシャレで素敵でした。元気な声を聞くと「始まった!」と思いワクワクしたものです。

黒柳徹子は初回から最終回までを担当しました。久米宏とのコンビネーションがとても印象的ですね。

その後、進行補佐役として松宮一彦、生島ヒロシ、松下賢次が週ごとに司会を変わる時期もありました。

2代目としては、小西博之。そして3代目が松下賢次です。4代目としては渡辺正行と柄沢晃弘。男性司会者が替わっても、黒柳徹子はいつも相手と上手に合わせることが出来て、魅力満載のように感じていました。

男性司会者の魅力を引き出せる包容力のようなものもありましたね。

 

ランキングボード

出典:http://livedoor.blogimg.jp/jeao/imgs/3/6/36ed1c7f.jpg

ザ・ベストテンのランキングボードは、左に前週の総合ベストテンの順位がオレンジ色で表示されて、右側には今週の総合ベストテンの順位が白色で表示されました。

「今週の第〇位」という司会者の声に合わせて、歌手名部分が回転して、少し遅れて特点部分が回転されて出てきました。

まさにこの瞬間は、ランキングボードに釘付けになる瞬間。好きな歌手が発表されるのではとワクワクしながら見ていました。

盛り上げるためにもティンパニーロールが使われていたのですが、その音が更にドキドキ感につながったのかもしれません。

 

ミラーゲート

出典:http://santaku-tobutori.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2011/08/07/110806_12590001.jpg

歌手が登場するのは、オーケストラの演奏とともにミラーゲートを通ってです。10位から2位と1位では登場の音色が少し違うのです。

このミラーゲートがとても素敵でした。キラキラした雰囲気の中で歌手が登場する時、見ている方まで笑顔になりました。

かっこよかったり、可愛かったり。ミラーゲートから出てくる姿を今でもよく覚えています。特に好きな歌手が出てくる時には、見られるのが嬉しくて心の中で名前を叫んでしまいました。

 

くす玉について

1位の歌手がくす玉を割るというのも、懐かしいですよね。最初は司会者がくす玉の紐を引っ張っていたのですが、後期では1位の歌手が直接引っ張っていました。大量の紙吹雪や風船、そして紙テープが舞っていましたね。

くす玉を割るのが楽しそうに見えて、微笑ましい気持ちになりました。くす玉ハプニングも色々ありましたが、それもザ・ベストテンでの良い思い出なのかもしれません。

くす玉の紙テープや外観は金色の時が多く、グループの場合はその人数分のくす玉が用意された時もありました。

様々な種類のくす玉があり、梅雨の時期にちなんで紫陽花の造花を紙テープと一緒につるしたり、中身がピンクで割れたくす玉の中にもう一つ小さなくす玉が用意されたものがあったり。

くす玉が普段のものと違うと、新鮮でまた違った楽しさを感じることができました。

 

年間ベストテン

出典:https://stat.ameba.jp/user_images/20160812/23/gami1972/60/b1/j/o0960065613721779198.jpg?caw=800

年間ベストテンは1989年を除く毎年放映されました。1981年からは「上半期年間ベストテン」、1988年には「月間ベストテン」も。

普段の番組だけではなくて、また違った雰囲気のベストテンも見られるので更に楽しく嬉しい気持ちになりました。

年間ランキングが3時間の豪華版になったのは1982年から。それまではいつもの放送と同じ1時間枠で、その週のベストテンの後に放送していました。

年間での1位となると、毎週の1位よりも重みのあるような気がして、好きな歌手が年間1位になると、とても感動しました。

 

今週のスポットライト

第4位までの発表が終わると、週によっては「今週のスポットライト!」として1、2曲をピックアップして紹介しました。ここで出演した歌手もたくさんいましたよね。

スポットライトのコーナーに出演したのがきっかけで、注目をされるようになりファンが増えた歌手は多いです。

今までに知らなかった歌手を、スポットライトのコーナーで見て「こんなに素敵な歌手がいるなんて知らなかった!」と思い、新鮮な気持ちになった時もありました。

 

第1位の思い出

出典:https://img.yaplog.jp/img/00/pc/l/o/v/love-chase/0/125.jpg

1位は、やはり特別なもののように思っていました。初回の1位はピンクレディーの「UFO」。最高得点の9999点を2週連続獲得した西城秀樹の「YOUNG MAN(Y.M.C.A)」。そして最多連続第1位になった寺尾聰の「ルビーの指輪」。専用の椅子が作られました。

第1位を番組内で一番多く獲得したのは中森明菜です。くす玉を割る中森明菜の姿をよく見たように思います。

 

中継について

出典:http://blog-imgs-68.fc2.com/3/4/0/340300/201404040209471f4.png

ザ・ベストテンと言うと、中継のイメージも強いですよね。松宮一彦や生島ヒロシ、そしてアナウンサーが追っかけマンや追っかけウーマンとして登場しました。

現地から中継疲労をするのも、恒例のものでした。中継の時にはリアル感が増して、無事に歌うことが出来るかどうか少しハラハラした場面も。

新幹線の停車時間帯を狙った中継も多く、出発してしまうような場面もありました。今では考えられないような中継場所もありましたね。

コンサートで地方に行っている歌手が、コンサートが終わって近くの名所から中継することも多かったです。コンサートで疲れているのでは…と心配になりながらも、名所で歌う歌手を見て応援する気持ちも。

 

同時期に放送された歌番組

出典:https://stat.ameba.jp/user_images/20111007/22/nomu94/e2/61/j/t02200165_0640048011532246490.jpg

「ザ・トップテン」は、1969年から12年ほど続いた「紅白歌のベストテン」が、1981年にリニューアルしてスタートしたものです。

「歌のトップテン」は「ザ・トップテン」に続いて放送されました。「夜のヒットスタジオ」は1970年代末から1980年代にかけて「ザ・ベストテン」と並んで人気がありました。

ランキング形式ではなく、歌や歌手の個性に焦点をあてたり海外アーティストなども網羅していたり。また違ったカラーで楽しい番組でした。

 

昭和の歌番組をこれからも覚えていたい

昭和の歌番組の中で、今回は「ザ・ベストテン」についてお伝えしてきました。「夜のヒットスタジオ」もかなり思い出深い番組ですので、また今後特集させていただきたく思います。

あっという間の1時間。本当に真剣に見ていた番組なので、様々なハプニングも含めてとても懐かしく、そして覚えていたい「ザ・ベストテン」の存在です。

 

松田聖子
小泉今日子
中森明菜
などについては、こちらの記事をチェックしてみてくださいね!
>>>80年代のアイドルは素敵な女性が次々デビュー!80年代の人気アイドルについて

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mayu

mayu

ライター歴8年です。
昭和だからこその魅力を少しでもお伝えできればいいなと思います。
どうぞ宜しくお願い致します。

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